2006年 4月 28日(金)

日本のための祈り

●今日は、CFNJ聖書学院で、私の1・2時間目の授業の後、3時間目は、ロシアからユダヤ人の本国への帰還の働きをされている《エベネゼル緊急基金》の現地総指揮者トロエルズ・トルールセン師の話がありました。現地のスタッフが働く時に、自分たちの力では解決不可能という問題や、時には命にかかわる問題に直面する時に、自分たちだけでなく他の多くのとりなし手による祈りがいかに大きいかを話されました。
●確かに祈りは、祈った結果を目にすることができる時には、力強く祈ることが出来ますが、その結果の実現が遅れたり、実際に起こっても祈り手がそれを確認できない時に、ともすると祈り続けるということに注ぐ力が弱くなることがあります。しかしこの話をきいて、神は祈り手の訴えを決して粗末に扱うお方ではないということを改めて確認しました。
●そこで、冬の雪のためにストップしていた祈りを思い出しました。それは、以前シンディ・ジェイコブス師が勧められた、日本の北から攻撃してくる悪霊共に対抗して、海岸線で日本の守りを祈るということです。札幌の北の海岸線は、近くでは石狩浜になりますが、私は、海岸の吹雪を考えて半年ほど止めていました。確かに日本は、現在、中国・韓国・北朝鮮との問題を抱えて、苦悩しています。このことを思い出したので、講義を聴いた後、石狩浜に出かけました。天気が良かったので、釣りをしている人を見かけました。私は、半年近く祈りを中断していたことを悔い改め、日本の守りのために祈りました。私の小さな祈りも、神は聞いてくださることを信じつつ・・・