| 2006年 5月 20日(土) |
日本は、過去を学んでいるか?
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●昨晩、教会で《祈り会》がありました。キリスト教会では、「祈り会」「祈祷会」という名称で信徒が共に集まり、神に祈る時を持つことが多いと思います。その祈りの多くは、自分たちの生活の中に起こっている問題について、神に解決を求めることです。それは個人的なものも、社会的なものも、日本の国また世界に関するものもあります。つまり「問題」が無ければ、多くの祈りはなされないでしょう。
(祈りの内容は、生活上の問題解決の事柄だけではありませんから、祈りが全くなるなることはありません。)
●昨晩の祈りの課題の1つは、日本の政治や社会に起こっている問題に関するものでした。その中で、「共謀罪法案」に問題を感じました。「今、国会で共謀罪法案が検討されているので・・・」と、教会で他の人に問題を話すこと自体が「共謀罪」になるのだろうかと疑惑を持ちながら、祈りの課題に出しました。仮に法案を支持している議員にそのことを問うならば、そこまではやろうとはしていないと説明するかもしれませんが、法案が通れば、法文の解釈は、その時の状況によっていか様にも変わってきます。人が複数集まって、社会の問題を語り祈り合う、それが「共謀罪」に繋がるとするならば、キリスト教会の「祈り会」はまさに共謀罪の温床に見られかねません。戦後60年が過ぎて、過去の「治安維持法」への反省が見られ始めたと感じていた矢先に、更にもっと“凶暴な”「共謀罪法案」なるものが出現しようとしています。日本は、過去にどれだけ学んでいる国なのでしょうか。