| 2007年 1月 16日(火) |
奇蹟2
●イエス様が、5つのパンと2匹の魚で、5千人以上(男性だけで5千人)の人々を養ったという奇蹟を知的に理解するために、様々な説明がなされることがあります。例えば、実際は一人ひとりが受け取ったパンは、ほんの小さなかけらであった(少年の弁当であった5つのパンを1万人以上に配ったのですから)が、群衆がイエスの話に感動して、胸がいっぱいになっておなかもいっぱいになったのだという説明があります。また本当は、多くの人が弁当を持っていたが、他の人に分け与えなければならないと思って隠していたが、素直な少年の行為に恥じて、その人たちも差し出したので皆が満足して食べることができるようになったのであるというのです。
●どちらも聖書には書かれていないことで、何とかして合理的に理解しようとする試みです。自分の理性で理解しようとすることが強くなれば、それだけ神の力は弱まります。そしてそれは奇蹟ではなくなります。どんな宗教でも、自分のできない領域に神という存在が働くことを期待するでしょう。それが信仰です。聖書は、ある視点から見るならば、神が人間の歴史の中で奇蹟をもって働かれたということを記録した書であるといえます。そして過去にそのような事実が起こったならば、今日も起こり得るだろうと信じるのが、現代の私たちの信仰です。