2007年 12月 14日(金)

悔い改めの勇気

●昨日、カストロの言葉を書きましたが、自分が長い間正しいと信じ続け、情熱をもってその考えのもとに生きてきた人が、その間違いに気づいた時のショックは大変なものでしょう。
日本においても、戦中と戦後の教育方針の違いから、ある教員は終戦後、再び教職につく事を止めて、もう人に思想的な影響を与える事のない職業を選んだそうです。またある教員は、間違って子供たちを戦地に向かわせる教育をしたとの罪責感から自殺をしたということです。自分が正しいと信じていた期間が長ければ長いほど、それを変えるには勇気が必要であり、責任が伴うものについては、心の痛みが伴います。
●しかしそれを行う価値は十分にあり、また行う事は最高の勇気を行使することになります。たとえ取り返しがつかないと感じるようなことであっても、その失敗のゆえに自分は人生の敗残者であり、神から見捨てられて地獄に行く者だと考えてはなりません。なぜなら神は、御前に素直な人を喜ばれ、私たちがどのような失敗をしようとも、私たちが悔い改めるならばすべて赦してくださるからです。
◆「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩51:17)