2007年 12月 5日(水)

人は、千の風になるか?

●「私のお墓の前で/泣かないでください/そこに私はいません/死んでなんかいません/千の風に千の風になって/あの大きな空を/吹きわたっています・・・」
これは、今ヒットしている歌『千の風になって』の一部ですが、あるホームページで牧師が、この歌詞はおかしいと言うクリスチャンは多いと思うが、この詩には亡くなった人を思う愛情を感じるので、自分はこの歌詞に賛同するという趣旨の内容を書いていました。
●愛する人を失って悲しんでいる人の所に行って、わざわざこの詩は間違っているよと否定する必要はありませんが、私は、牧師の立場で、この詩に賛同すると言うことも違うと思います。なぜなら相手の心情に同調できるということは、愛情の表現であったとしても、正しい道に導く責任のある立場の人が、その歌詞に賛同するならば、それは正しいと認めたことにもなるからです。
例えば、それはこじつけだと言われるかもしれませんが、もし私の愛した人が、千の風になって私の所に慰めと愛をもって吹いてくることができるとするならば、私を憎んでいた人だって、私の所に憎しみとのろいをもって吹いてくることができるはずです。人は生きている間に、私は正しいと思いながら、相手の人には知らずに傷つけていることが多いものです。そうすると私を愛してくれている人以上に、私を憎んでいる人もいるはずです。そうすると様々な愛と憎しみの風が、私の周りに吹き荒れることになるでしょう。
つまり本当にこの歌詞のとおりだと信じているならばいいのですが、単なる表面的な愛情のゆえに、自分が信じていないことに安易に妥協の思いを示すことは、更に別の問題をも生じさせることになるということに注意すべきだと考えています。