2007年 4月 2日(月)

悪人だから・・・

●「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
これは、善人が極楽に行けるとしたら、悪人ならば極楽に入れるのは当然であると解く『歎異抄』の一節です。極楽に行けるのは善人であって、悪人は地獄に行くという一般の考えからすると、えっ?と驚く逆接的な表現です。それほど阿弥陀仏は慈悲にあふれているというのです。昨日は、このような考えを解いた親鸞の誕生日でした。
●このような考えをどこかで聞いたことがありませんか。
「イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。『医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。』」(マルコ2:17)
阿弥陀仏が、キリスト教でいう世界を創造された唯一の神であるならば、この考えは同じですが、しかし阿弥陀仏は、無限の諸仏の中の一人の仏ですから同じではありません。研究者によると、仏教は釈迦が説いた教えから様々な形に変化していき、この教えも変化した一つの流れにあるもので、キリスト教の一派として中国に伝えられた景教の影響を受けたものだといいます。影響を受けのたか独自なものかはそれぞれの立場で主張できるでしょうが、人が救われる道は多数あるのか、あるいは一つなのかについては考えてみる必要はあります。