| 2007年 4月 8日(日) |
十字架と復活/5 イエスの埋葬と復活
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【メッセージ要約】
●今日は『復活祭』です。私たちの信じるイエス・キリストは、約2000年前の3日前に十字架に架かって死んで墓に葬られ、そして今日、日曜日の朝に復活されました。イエスを十字架上では殺したくなかった悪魔の思いは否定されたばかりでなく、イエスの復活によって、悪魔にとって最高の攻撃力であった死は無力のものとされました。つまりイエスが十字架に架かって死に、その後復活したということは、悪魔に完全に勝利をしたということです。しかし今はまだその働きを完全に封じられてはいない悪魔は、イエスがなされたみわざに関する情報を操作することによって抵抗を試みています。例えば、イエスの復活があったことを否定するために、「イエスは本当は死んだのではなく、仮死状態であった」とか、「イエスの復活は、後に初代教会のクリスチャンが創作した作り話である」などと言わせたり、中には「イエスは、歴史上実在しなかった」という情報まで流します。これらに関していくつかの実際的な資料を紹介しますが、それにあたりマタイ27章57節〜28章6節を読んでみましょう。
●トリノの教会に『トリノの聖骸布』として知られている「イエスの遺体を包んだといわれる布」があります。これが本物かどうかを炭素14の残量で測定した結果が1988年に発表されました。それによると、これは中世に作られたものであると判断されました。ところがその後の研究によると、布の表面にバクテリアが繁殖していたので、そのために実際よりも新しい年代に測定されてしまったといわれています。また別の研究によって、布からイスラエルだけに見られる13種もの花粉が発見され、しかもある植物の花粉が同時に見られるのは、イエスが処刑された3月から4月に限るという結果が出ました。更に当時のユダヤ式の埋葬法は、死体の目の上にコインを置くそうで、その布からはローマ帝国のティベリウス皇帝時代のコインの跡が残されていることも分かりました。ティベリウスのコインは、西暦14年から37年に使われたものですから、イエスの時代に一致します。このようにして『トリノの聖骸布』から、イエスに関する事柄が明らかにされつつあります。
●またイエスが処刑され、その遺体が埋葬されたといわれるエルサレムの『聖墳墓教会』には、不思議な絵があります。それはイエスが架けられた十字架の真下に、しゃれこうべが描かれているのですが、言い伝えではイエスの十字架は、人類の最初の人であるアダムの墓の上にあったとされています。
◆ヘブル9:22 「血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。」
もしこれが真実であるならば、十字架上のイエスの血は、アダムの骨に注がれその罪は赦され、彼から生まれてくるすべての人類の罪も赦されたことになります。重要なのは、その事実を受け入れるかどうかです。
●イエスは、ゴルゴダという所で十字架に架けられました。
◆マタイ27:33「ゴルゴタという所(「どくろ」と言われている場所)に来てから…」
1894年にイギリスのゴードン将軍は、エルサレムのホテルの窓からゴルゴダ(どくろ)に見える小高い丘を見つけました。すぐ近くには、聖書に記述されているとおりにイエスの埋葬があてはまる墓もありました。その場所は、今日『園の墓』と呼ばれています。その墓に埋葬された人物は、持ち主本人よりも背が高く、「聖骸布」に残された人物と同じ背丈を持つことも分かっています。この墓の入り口には、「彼はここにはおられません。よみがえられたからです。(マタイ28:6)」と書かれており、イエスの埋葬に使われた墓と思われます。
●このようにイエスが地上を歩まれた跡は残されていますが、イエスが復活された物的証拠はありません。なぜならご自身がその後昇天されたからです。しかし逮捕されたイエスを見て、自分たちも捕らえられるのではないかと臆病であった弟子たちが、その後、殉教するほどまでに大胆な人々に変えられるようになったのは、実際に復活されたイエス・キリストにお会いしたからだと思います。イエスが復活されたという事実は、信じる者に自分もやがて復活するという希望を抱かせます。クリスチャンの希望はここにあります。