| 2007年 5月 19日(土) |
愛と自由意志
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●昨日、聖書学院で学生たちと次のことが話題になりました。「神様は、アダムをなぜ罪を犯さないように創られなかったのか?」というよくなされる質問です。「神様は人間を愛して創られたからです。」と答えると、更に「なぜ愛しているのに、罪を犯すことを許すのですか?」という当然の質問が生まれます。あなたは、これをどのように考えますか。
●神様は、人間との関係を「愛」によって作ろうとされました。相手を愛し、また相手に愛される関係は、そこには互いに犯してはならない「自由意志」が保障されなければなりません。自分で考え、自分で行使する自由な意志は、他に強制されるべきものではありません。たとえ神様であっても、人間の自由意志を管理しません。相手の意志を管理して、愛の関係をつくることはできないからです。もし相手を本当に愛しているならば、相手の意思を十分に尊重するでしょう。
●神様は、アダムとエバに「善悪の知識の木からは取って食べてはならない」という神様の意思を示しました。もし神様を本当に愛しているなら、この簡単な条件は容易に守れたでしょう。なぜならこの木の実を食べなくても、他にいくらでもおいしい実は沢山あったからです。しかし彼らは神様の意思を破りました。それは規則を破ったというよりも、愛の関係を拒否したのです。それにより人間は、神よあなたのそばには居たくないという意思を持ちました。この意思が「罪」という性質です。ですから人は、生まれつきのままではこの意思を持ち続けており、神様を素直に受け入れて共に過ごすことができないために、神様がいらっしゃる天国とは反対側にある地獄に行くようになっているのです。ですから地獄に行かないようにするためには、すべての人はもう一度神様を選ぶという意思確認をしなければなりません。
●神様が人間に対して、愛の関係を形作ろうとした最初のテストをアダムとエバになされたとするならば、愛の関係を再び回復する第二(最終)のテストが、イエス・キリストを通して与えられるのです。つまり私たち一人ひとりに、「イエス・キリストがあなたの罪のために死んでくださったことを信じ、受け入れますか?」という質問がなされ、その答えをしなければならないのです。「はい」ならば、神様との関係が回復されて天国に入り、「いいえ」ならば地獄の道に進まなければなりません。