2007年 8月 31日(金)

信仰

●今日も昨日の信仰書の続きから、次の言葉を見つけた。
「信仰を鼓舞するのは、神ができると信じることではなく、神がしたくてたまらないことを私たちが知ることである。」
これは、F・F・ボズワースという人の言葉であるが、確かにそうであるかもしれない。聖書に記されているだけでなく、実際に不思議や奇蹟があった例を聞くと、それを行った人の信仰は特別なものであって、その信仰にいわば神が動かされて事が起こったかのように考えてしまいがちだ。だから自分にはそのような特別な信仰を持っていないから、癒しも奇蹟も起こらないと考えてしまう。しかしこのボズワースの言葉によると信仰とは、神がしたいと望んでおられることに、用いていただきたいと自分を差し出すのだということになる。ボズワースは、更に次のように述べている。
「悪魔は、神ができるのを知っており、また神がそうしようとされるのを知っているが、人々がこの事実を知ることを妨げてきた。」
神が事を起こすことが出来ると信じる信仰を持つという点では、人よりも悪魔の方が勝っているかもしれない。私たちは単純に、神の約束の言葉を信じることと、従うことを受け入れよう。