2008年 2月 20日(水)

地動説

●「宇宙の中心は太陽であって、惑星はすべて太陽のまわりを公転する。地球も惑星の一つとして太陽のまわりを公転する。月は地球の衛星として地球のまわりをまわる。」
これは、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクスの著書『天球の回転について』の一部です。 今日では、常識として知られている内容ですが、15世紀頃ではやはり勇気を必要とする考えだったことでしょう。勇気というのは、当時のローマカトリックとの問題です。特に1633年に行われたコペルニクスの考えの支持者であったガリレオ・ガリレイへの宗教裁判を思うと、私は暗い気持ちになります。それは、キリスト教界が天動説を主張し、地動説に反対したと一般に言われているからです。「太陽は東から出て、西に沈む」という表現は、今日教育の場でも普通に教えられていますが、これをもって天動説を教えていると考える人はいません。地球上にいる人間の視点から見るならば、それは当り前の事実であるからです。同様に、聖書にこのような内容の記述があったとしても、それは人間が見たままの事実を表現しているのであって、聖書は天動説を支持しており、地動説を否定しているというわけではないのです。聖書の中心は、神と人間との関係を述べているのであって、科学書ではありません。中世の暗黒時代といわれる頃に、宗教組織が、裁判で人々の考えを裁いたことが問題なのです。やがて再臨のキリストによって、地上の全てが支配される時、キリスト教史上でなされてきた数々の宗教裁判は、どのように評価されるでしょうか。1473年の昨日、2月19日に、ニコラウス・コペルニクスは誕生しました。