| 2008年 3月 20日(木) |
聞けども聞こえず
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●ルカ9:22「人の子(キリスト)は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」
これは、イエスが弟子たちに語ったことばです。ご自身が殺されて、3日目に復活するという内容については、ルカの福音書には少なくとも3回は書かれています。このことについては、イエスの3年半の公生涯の中で、度々語られたことだろうと思います。しかし弟子たちは、イエスが十字架についたときは、パニックの頂点にありました。これまで多くの奇蹟を起こすこともできたイエスが、こともあろうに簡単に捕えられて、殺されたからです。彼らは、イエスが「私は、殺される」と言われたことを、どのように受け止めていたのでしょうか。
●“聞けども聞こえず”という状態だったのでしょう。なぜならばルカ9章のこのすぐ後に、「さて、弟子たちの間に、自分たちの中で、だれが一番偉いかという議論が持ち上がった。(ルカ9:46)」とあるからです。「一番偉い」ということは、誰が賢いか、頭が良いかなどということではなく、イエスを王とする弟子集団の中で、次に偉い大臣となる者は誰かということです。イスラエルの人々は、自分たちを救う偉大な人物であるメシヤ(救い主)が到来することを信じており、弟子たちはイエスをこのメシヤと信じていました。そしてそのメシヤは、イスラエルをローマ帝国の支配から解放する力強い王でした。ですからそのような王が、「殺される」ことはあり得ないことなのです。イエスの語ったことばが弟子たちの耳には入ったが、理解には届かなかったのは、そのような理由です。イエスが殺されることも、復活することも理解してはいませんでした。
●私たちも、イエス・キリストを信じているつもりであっても、自分の思いや願いがあまりに強いならば、聖書が語っていることと異なることを受け取っているかもしれません。自分の必要のために神を信じるのではなく、神が存在するゆえに信じるという視点から、自分が今信じていることを再度点検してみることが必要かもしれません。