2008年 4月 9日(水)

古い手帳のことば/1

●昨日紹介した古い手帳にあったことばですが、ある牧師のメッセージテープを聴いて、その中で私が心惹かれた表現を記録したようです。
・「キリスト教は、人を幸福にするのではなく、人を深くする学校である。」
●このことばは、1995年4月の記録ですから、もうメッセージ内容を記憶していませんが、自分なりに解釈してみると、一般に、クリスチャンになると、日常生活の中で苦しい問題に会うことがなく、平穏無事であるという意味での「幸福」が約束されるように思いがちですが、むしろ反対に、様々な試練に直面する体験を通して、どんな時にもキリストに信頼するようになるという意味で「幸福」を得るように育てられます。それは別の表現にすると、自分の願いを実現するためにキリストを信じることから、キリストが望んでいる状態にその人が変えられるというのが、クリスチャンの姿なのです。
私が講師をさせていただいている聖書学校は、来週から新学期が始まりますが、そこに集う学生達の中にもそのような姿がみられます。新学期には、「自分の能力や才能を神様に用いてもらうために入学しました」と元気に言っていた学生が、しばらくすると「(得意な能力が用いられなくても)、神様が望んでおられる所にはどこでも行きます・・・」と言うようになります。このような変化は悪いことではなく、むしろキリストが願っておられる姿です。
◆「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネ15:16)