| 2008年 7月 2日(水) |
1学期終わり
![]()
●今日は、聖書学院の1学期最後の授業。明日から『祈りの祭典 in 北海道』の集会があるので、いつもより学期期間が短い。そして本当の最終時間である。『聖書解釈学』だが、今まで学んだことの応用ということで、K師の『聖書的セカンドチャンス論』の中から、みことばの引用の仕方について、何箇所か取り上げた。「ほら、注意しなければなかなか見分けがつかないでしょ。」と言いながら、学生と話し合った。この論は、生きている間にキリストを信じなかった人でも、死後の陰府の世界で、福音を聞く機会があり、それが救われるための「セカンドチャンス」だというのである。ただ誰が福音を語る機会をもたらすかということで、それを黙示録11章に登場する二人の預言者としている点が気になる。K師は、「彼ら二人の預言者は、その死んでいる三日半のあいだ陰府に下り、かつてキリストが陰府で福音宣教をされたように、そこで福音宣教をなすでしょう。・・・」と書いている。そこで私は「どう思う?」と学生に訊いた。学生は、「福音宣教をなすでしょうでしょ? なしますとは聖書に書いていないね。」と言った。「そう、そこなんだよ。可能性として考えられるけれど、聖書には書いていないからねえ・・・あるかもしれないし、ないかもしれない。聖書解釈はそこが重要なんだよ。」と学期最後の講義を終えました。