2009年 11月 29日(日)

クリスチャンは素晴らしい/14  賜物を用いる喜び

【メッセージ要約】
●会堂内にクリスマスの飾りがついて、今日から「アドヴェント(待降節)」に入ります。クリスマスツリーには、様々な飾りが付いていますが、この飾りの中でキラキラ光る紐にはどんな意味があるかご存知ですか。これは蜘蛛の糸を表しており、聖書には書かれていない伝説からきています。イエス様が誕生された時、へロデ大王はメシアであるイエス様が自分の王位を狙うのではないかと恐れて、ベツレヘムで生まれた2歳以下の幼子を殺しました。このことは聖書に書かれていますが、蜘蛛の糸の話は、その時の伝説です。
●幼児虐殺があった時、主の使いによってエジプトに逃げるように示されたヨセフは、イエス様とマリヤを連れてその地を離れました。逃げる途中、夕方になったので近くにあった洞穴で一夜を明かすことにしました。洞穴に入ると、1匹の蜘蛛が、イエス様を降誕したメシヤであると認めて、一家が寒い夜風に当たらないように、洞穴の入り口に蜘蛛の巣でカーテンを作ろうとしました。一夜明けて、洞窟の入り口には、朝露が光る蜘蛛の巣が張られていました。さて3人が出発しようとした時、洞窟の外から沢山の馬のひずめの音が聞こえてきました。ヨセフは、ヘロデの追手が近付いていることを知り、洞窟の奥で小さくなっていました。すると入り口で「この洞窟の中も調べよ!」と隊長らしい者の声がしました。ヨセフとマリヤはドキリとしました。すると「隊長、この入り口には蜘蛛の巣が張ってありますから、人が入った形跡はありません。調べるまでもないでしょう。」と言う兵士の声が聞こえました。すると「そうだな、先を急ごう」と隊長の声があり、馬のひずめの音が遠のいていきました。結果的に1匹の小さな蜘蛛が、メシヤを守ることになりました。
●蜘蛛がイエス様を助けることになったというこの伝説には、蜘蛛が作ったカーテンは、夜風を防ぐ効果は全く無かったと思われますが、このような働きであっても、キリストのために捧げられる働きは、その人が考えている以上に、大きな意味をもたらすことがあるという教えが含まれています。私たちが行う働きは、他のもっと上手に出来る人の働きと比べるならば、取るに足らないと考えることがありますが、真剣にキリストの御前に差し出された働きは、決して小さなものではなく、神様の偉大な働きの一部として用いられるのです。
●先週は、ローマ12章6節から8節までの中に示されている7つの「賜物」について、私たち個人にどのような賜物が与えられているかを調査用紙で調べましたが、その分析をしてみましょう。この7つの賜物については、誰でも1つ以上が与えられていおり、更に注意して用いるならば、成長して増えるものでもあります。

A 賜物を用いる目的
●どのような賜物を用いる場合であっても、誰のために用いるかということについては、正しい認識をしていなければなりません。カルカッタの病める貧しい人々に仕える働きを始めたマザー・テレサは、その働きを次のように見ていました。
●貧しい人にふれる時、わたしたちは、実際にキリストの身体にふれているのです。わたしたちが、食べ物をあげるのは、着物を着せるのは、住まいをあげるのは、飢えて、裸の、そして家なしのキリストになのです。
これは一見不思議な言い方ですが、キリストも同様の表現をしています。
◆マタイ25:35-36 あなたがたは、わたし(キリスト)が空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。
つまりどのような良い行いであっても、行う人自身に栄光や誉れがもたらされるのではなく、キリストご自身が行いたいと願っておられることを、キリストが私たちを用いて行っているのだという認識が必要です。私たちの全ての働きは、「主の栄光のために」行われるのであって、自分の満足や誉れのために行うのではありません。
◆ロマ14:8  もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
B 賜物を用いる場
●私たちの賜物は、どこで用いることができるでしょうか。
◆雅歌1:8 ・・・あなたの子やぎを飼いなさい。未信者
◆ヨハ ネ21:17・・・わたしの羊を飼いなさい。  信者
私たちは、家庭、職場、学校等にいる「未信者」のために働き、また「信者」の群れである教会でも働くことが出来ます。つまりあらゆる場面で、自分に与えられている賜物を用いることが出来るのです。しかしここで注意しなければならないことは、「賜物は、用いなければ、賜物自体を失ってしまう。」ということです。
◆マタイ25:28-29 だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。
C 賜物を用いる結果
●私たちが自分に与えられた賜物を用いて働いている時は、苦とはならず、また働きはうまくいきます。逆に自分の賜物にないことを、他の人から強制されるほどストレスを感じることはありません。賜物とは、キリストご自身が願っておられることを私たちに行わせるために分け与えて下さったキリストご自身の力です。しかも私たちがそれを効果的に行った時には、キリストから喜びが与えられます。
◆マタイ25:21 よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。