2009年 3月 29日(日)

イザヤ書人生における私の神/6  平和の君イエス・キリスト

【メッセージ要約】
●最近、様々な出来事が私たちの心を騒がせています。国内的には、年金問題や不況に関連する経済生活、対外的には日本を横断して飛行するロケットや拉致に関連する北朝鮮との問題、更にこれらに取り組む国のリーダーへの不信等、これらをまとめるならば将来に対する「不安」です。罪によって神との関係を壊した人類は、その後長い歴史をかけて、「平安」また「平和」を追い求めてきました。アレキサンダー、始皇帝、チンギス・ハーン、ナポレオン等は、世界に平和をもたらそうと試みた人たちでしたが、彼らは必ずしも平和を与えはしませんでした。私たちクリスチャンは、世界に本当の平和をもたらすのは、世界を創造した神だけができることであり、それを成就するのは、再臨のイエス・キリストであることを知っています。
●イザヤ書9章には、預言者イザヤに、主が真の「平和」をもたらすことを約束されたことが記述されています。しかし現実には、彼の時代にはその預言は実現せず、後の時代に平和をもたらす方としてイエス・キリストが出現し、更に未来においてそれが完成することが明らかになりました。
◆イザヤ9:6-7 「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。」
●もしイエス・キリストが、世界に平和をもたらす方であるならば、なぜ今日世界は平和になっていないのでしょうか。それは、「キリスト(救い主)」が来られた時、ある人々は彼を受け入れましたが、多くの人々は彼を拒否して十字架にかけたからです。しかし主が約束されたことは必ず実現します。イエス・キリストは、十字架上で死なれた後、復活されて、再臨することを約束して昇天されました。そして主の約束は、キリストの再臨によって、政治的な意味も含めた真の「平和」が世界にもたらされるのです。イザヤの預言は現在も進行中です。
●また主の計画は、イエスをキリスト(救い主)と信じ受け入れた人々の信仰の中に拡大していく「神の御国」によって、キリスト再臨の備えがなされています。ですから、主が約束された「平和」を求める私たちは、イエス・キリストを私たちの心と生活にしっかりと迎え、また受け入れる人々を探してこの方を紹介し、間近に迫っているキリストの再臨のために備えなければなりません。そのためには、イエス・キリストを、次の4つの視点から受け入れる必要があります。

A 平和の君
●「平和」を意味するヘブライ語の「シャーローム」という言葉は、 ▶健康であること  ▶心が穏やかであること  ▶健全な状態であること  ▶安全であること  ▶欠けることがないことなどを含んだ言葉です。また「平和」は、関係の回復によって生まれるものであり、人間の「神」との関係、「他の人」との関係、「自然」との関係の回復が必要です。◆コロサイ1: 20 「その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。」 私たちがすでに学んだ “トランスフォーメーション”は、自然が実際に回復する明らかな証拠です。

B 永遠の父
●「父」は、子に対して権威者であると同時に、保護者です。救われた者は、神の家族に加えられて、「永遠」に、私たちに対して親子の関係を示してくださいます。
◆ローマ8:15 「あなたがたは、 人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる 御霊を受けたのです。 私たちは御霊によって、 『アバ、父。』 と呼びます。」

C 不思議な助言者
●王は、国を守り治めるためには、自分のそばに有能な「助言者」を必要としていました。ところがイエス・キリストは、ご自身が知恵に満ちておられる方であり、助言者を必要としません。また「不思議な助言者」とは、「驚くべきことを企画する者」という意味で、イエス・キリストは、世界を支配する王でありながら、ご自身が優れた知恵をお持ちの助言者でもあるのです。ですから私たちが彼に求めるならば、私たちの考えに優った助言を与えてくださいます。◆詩篇32: 8 「わたしは、あなたがたに悟りを与え、行くべき道を教えよう。わたしはあなたがたに目を留めて、助言を与えよう。」

D 力ある神
●イエス・キリストは、単なる偉大な人間というのではなく、人間の姿をもって私たちの前に現れた「神」ご自身です。特に「力ある」ということばは、神の属性を表現する用語で、人間にはない神だけが持っている力のことです。◆ルカ19:37-38 「・・・弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、こう言った。『祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に』」。 ハロルド・ヒルは、祈りによって、車輪が出なかった飛行機の胴体着陸を回避したり、頭上に落下するはずのロケットを避けた体験を通して、私たちの信じる神は、偉大な力をお持ちの方であり、神の子とされた私たちも、同様なことができることを紹介しています。