2009年 6月 2日(火)

牧師論?/2

●牧師自身が、「牧師」の立場についてどのように考えるかということは大切なことです。つまりそれによって、教会の人間関係が定まり、教会のあり方も変わるからです。男性牧師を“父親”とし、女性牧師を“母親”とする考えは、調べたことはありませんが日本の教会の場合には比較的多いかもしれません。それでも家庭には、様々な個性があるように、そのように考える教会であっても、様々な個性を示すに違いありません。牧師を父親または母親とするならば、信徒は当然子供たちということになるでしょう。少なくとも「祖父」「祖母」となる信徒はいないことでしょう。
●このようなことを書いているうちに、1つの事件を思い出しました。昨年暮れから今年にかけて、教会住み込み女性献身者にセクハラをしたといわれる牧師の話です。牧師である彼は、献身者を娘として家族の一員に迎えるので、娘であるならば父親である牧師が彼女の着替えを見ても、恥ずかしいと思うことがおかしいと言ったそうです。“父親”なら、年頃の娘の着替えを見てもいいという考えは、どこの家族にも当てはまる考えとは思われません。少なくとも我が家では、ふしだらな考えであると父親である私は考えますし、私の実際の娘もそう思うでしょう。
概念は、言葉によって定まりますが、その言葉の解釈は、背後にある思いによって、どのようにでも変化する可能性があります。「牧師」とは何か? 聖い思いで考えたいと思います。