| 2009年 6月 30日(火) |
偶像
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◆イザヤ44:13-17「木で細工する者は、測りなわで測り、朱で輪郭をとり、かんなで削り、コンパスで線を引き、人の形に造り、人間の美しい姿に仕上げて、神殿に安置する。彼は杉の木を切り、あるいはうばめがしや樫の木を選んで、林の木の中で自分のために育てる。また、月桂樹を植えると、大雨が育てる。それは人間のたきぎになり、人はそのいくらかを取って暖まり、また、これを燃やしてパンを焼く。また、これで神を造って拝み、それを偶像に仕立てて、これにひれ伏す。その半分は火に燃やし、その半分で肉を食べ、あぶり肉をあぶって満腹する。また、暖まって、『ああ、暖まった。熱くなった。』と言う。その残りで神を造り、自分の偶像とし、それにひれ伏して拝み、それに祈って『私を救ってください。あなたは私の神だから。』と言う。」
●私は、小さい時から不思議に思っていることがありました。それは、仏像や美術品の彫刻であっても、表面は美しく仕上げられているけれど、その像の中はからっぽか、石や木や粘土で詰まった物にすぎません。特に神社や寺には、礼拝の対象になる像がありますが、そのような物に人はどうして手を合わせて祈るのだろうかと・・・。この聖書箇所は、そのことを述べています。