【メッセージ要約】
●イエス・キリストは天に上られる時、弟子たちに「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒の働き1:8)」と預言されました。もしそれを聞いたのが私たちであったなら、宣教計画のために誰をどこに派遣するか、また必要な経費はいくらかと予算を立てたりしなかったでしょうか。しかし弟子たちは、先ずイエスが命じられたように、エルサレムを離れないで、父なる神から与えられる「聖霊のバプテスマ」を受けるために祈って待っていました。そして約束の通り、五旬節の日に聖霊降臨がありました。するとそれまで弱かった弟子たちは、大胆にイエスがキリスト(救い主)であることを証し、癒しや不思議なわざを行いました。これは、弟子たちを用いた聖霊の働きでした。
●聖霊は、ご自身の働きを進めるために、人を用いられます。弱かった弟子たちにご自身の力を注いで、働きのための器としました。また「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで」という宣教地についても、弟子たちの宣教計画によらず、教会が迫害されるということを通して進められました。
◆使徒の働き8:1・・・その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。・・・8:4 ・・・散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。
そのきっかけとなったのは、ステパノの殉教です。
●ステパノが登場するのは、食料の配給に関する教会内で起こった問題からです。その問題解決のために選ばれたのが、ステパノやピリポ等の7人で、彼らは、「ギリシャ語を使うユダヤ人」で、イエスの直接の弟子ではなく、聖霊降臨があった以降に、キリストへの信仰を持った人たちでした。
◆使徒の働き6:5-6 彼らは、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、この人たちを使徒たちの前に立たせた。そこで使徒たちは祈って、手を彼らの上に置いた。
そこで今日は、使徒の働きの7:58−8:8 と8:26−40 から、ステパノとピリポから私たちに必要な励ましを受けたいと思います。
●ステパノもピリポも、弟子たちを通して信仰を持ってから、1年ないし2年以内の人達でした。しかし彼らの働きを見ると、人前で大胆に説教をしたり、他の人に教えることができるしっかりとした聖書理解を持っており、また大胆な悪霊追放や癒しのわざを行っています。彼らは、いつどのようにしてそれらの力を身につけることができたのでしょうか。聖書には書いてありませんから予想するしかありません。彼らはイエスに会うことはなかったかもしれませんが、聖書は読んでいたと思います。また大きな出来事は、彼らは信仰を持ってから「聖霊のバプテスマ」を受けたということです。使徒の働きで弟子たちは宣教先で、人々にイエスの御名によって洗礼を授けた後に、聖霊を受けるように勧めていますから、ステパノもピリポも聖霊のバプテスマを受けています。それによって彼らが読んでいた聖書知識は力となり、またパウロが「異言を話す者は自分の徳を高めます(Tコリ14:4)」と語っているように、「異言」が更に彼らの霊的な力を強めたようです。
●少し前のメッセージで、韓国の映像プロデューサー/キム・ウヒョン氏が、「主は『日本のリバイバルは、異言をもって始まる』と言われました。これは霊が回復するということです。日本の信徒がl異言を求めれば求めるほど、聖霊と一緒に勝ち抜く力を得るのです。・・・今の日本を支配するのはバベルの霊です。その回復は、異言をもってなされるのです。」と語ったことについて紹介しました。そして先週、CFNJ聖書学院で、氏の講義を受ける機会がありました。五旬節の時に起こった「異言」を伴う聖霊降臨の出来事は、人々を変え、教会を成長させてきました。キム氏が語る「バベルの霊」とは、創世記の記事の中で人々は人間的な力によって「バベルの塔」を造り神に対抗しようとしましたが、神は人々の互いの言葉を混乱させることによって、その計画は阻止されました。日本は科学、技術等の人間的な力によって今日の繁栄を得てきましたが、本当の繁栄は「異言」によって聖霊の導きと働きを求める時、それが日本のリバイバルとなり真の繁栄が来るのです。その「バベルの霊」を破るのは「異言」です。
●このことを知った私たちは、先ず「異言」を語ることによって自分の「徳を高め(Tコリ14:4)」ていきましょう。「徳を高める」という言葉は、ギリシャ語で「オイコ・ドメス」といい、 「家を建て上げる」 という意味です。父と子なる神は、聖霊なる神によって信じる者たちの霊に内住されますが、私たちは神が住まわれるにふさわしい霊を整える必要があります。そのために「異言」をもって❶語り❷祈り❸賛美を、「宮清め」をしていただきましょう。その時に私たちが意識すべき大切なことは、自分の願いを主に聞いていただくことより前に、「私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。 (ローマ8:26)」という謙遜な思いで主に近づくことです。そうするならば聖霊は、主の思いを私たちに教えてくださいます。「異言」は、神に近づき、御心を知る道なのです。