2002年 10月 10日(木)

学びに終わりと言う文字は、あるのだろうか?

 連日新聞、テレビで、報道されている記事と言えば、やらり、連日続けて、発表された
「ノーベル賞」受賞のの記事でしょう。日本で初めて、そして、この国の誇りと思える、高度な
技術への評価と言えると言うことや、サラリーマン学者の受賞、まだお若い方と
年配の方の受賞等‥ どちらも素晴らしい功績に対する評価を、世界がくだしたと言う事には
かわりは無いわけですね。  私も素直に素晴らしいなと、思いました。そして、両科学者の
幼い頃や、とりわけ、学生の頃の記事を読むと、共通するのは何くそと言う、ハングリー精神
昔で言う劣等生だった頃が、長い人生、そして、まだまだ先が長いと思われる人生、どちらの
人生にも共通したようですね。

 彼らの人生をほんの少し、垣間見て感じたことは、彼らにとって、学問や、研究に終わりが
無いのではないかと言う事です。その結果が受賞と言う名誉ある結果だったのでは。
はなから、受賞と言う結果に、向かって歩き続けてきたのだろうか、決してそうではないと
私は心から信じています。

 学問と言うと、とても、難解で私たちの日常生活には、無縁のように思いがちですが
私はそうではないと思います。何故ならば、「人生」即ち、人が生きると書いて何を主軸に
我々は「死」と言う淵までたどり着くのでしょうか。それは、明日をも知れぬ己の人生の
模索以外にはないのでは。「模索」すると言う事は、それ自体が「哲学」であり、「学問」
なのですと、私は考えるのです。と言う事は,人が生かされている以上、「学び」に
終わりはないのです。その学びを何処で誰と、どんなふうに、模索するのか。
  常に五感のアンテナを、ピーンと張り詰めていないとね。
 何時どんな時に、生きると言うヒントが,得られるかわからない内に、通り過ぎてしまうからですよ。
本当は沢山落ちているのですよ、私の経験から言わせて頂くと!