2002年 10月 13日(日)

昨日の続きだよ。

 今、私はラジオのレギュラー番組が一つ増えたので、毎日のテーマ探しが、結構大変なんですが、
そこで、思いついたのが何か、小さくて録音出来る機械はないかとたまたま、新聞をみていたら、世の中
面白い物が、あるんですね。小型録音機と言うのが、通販で載っていましたので、早速購入したのです。
 ところが娘に一喝されましたね、「母さん、書いた方が早いよきっと」とね。どうせアドバイスするなら
もっと早く言えよと、思ったのですが的を得ているので、余計に腹立たしい、これって、やっぱり
親の面子って言うのかと、言う事で、余り出番が無い事は確かです。
 
 私は必ず新聞読む時も、本を読む時も筆箱を用意しておくのは、先だって、ラジオで放送された
ばかりですが、なぜかとその時パーソナリティの方に聞かれたんです。理由は到って簡単なんですよ。
覚えが悪くなっているから、そして、より正確に文章を把握して、正しい情報として、ファイルしたいから。
なんて、うだうだ考えていた時に、ティタイムの時間にも、読書とはと言う事を話し合っていたのです。

 私の言い分はこうです。読書もお花を生けるのも一緒なんですよと言う事です。
アレンジメントも出来上がった作品を、鑑賞するだけの行為と、自分の手で感触を確かめ五感を
フル作動させて、生けるのとでは、大きな違いが有るんです。私ははっきり言って、
雑誌は余り見ません。
何故ならば写真、すなわち、映像と言うのは、そこで、人に既に、これは、こんな色を使って、
こんな風にイメージされた物ですよと言う、先入観念を与えているからなんです。
出来上がった作品とほぼ、同じだよね。そこからは、なかなか自分はこう感じた、
こう作り変えてみたい‥と言う欲望が湧かないんだな。だから意欲も沸かない。
  
 文字ってね、無限大にイメージを膨らませてくれるんだな。でも、最近は好きな歴史小説を読む時間が
取れなくて、少々イラつき気味かな。小説はストーリがあるから又面白い、何故ならばストーリの
展開をイメージできるから。新聞や雑誌などの記事はあくまでも、情報としての、役割が強いでしょ。
 今日は日記も付けたし、絶対に読むぞ!徳川家康!何処からか覚えているかな少々不安である。