| 2002年 10月 20日(日) |
言の葉の持つパワーそして、真実。
日曜の朝、何故か目に入るドラマと言うと、とあるテレビ局の
「中学生日記」なんですね。家事をしながらだったり、新聞に目を
通していながらだったり、今朝は、その中のシーンで、何故か、耳から
離れない、セリフがあるんです。それは、二人の少女が「ごめんなさいね」と
互いに謝るシーンだったのですが、なぜか、ほろりと、涙がでてしまったのです。
しばらくして、コーヒーなど、手にしてふと考えてみたのです。
彼女たちの演技が上手くてほろりと来たのか、それとも「ごめんなさいね。」と
言う「言の葉」の持つ、力なのか。英語で言い換えれば、「アイムソーリー」と、
なるだけなのだが。人は、いく度長い人生の中で「ごめんなさい」と沢山の
人たちに伝えるのだろうか?きっと、数えられない程の「ごめんなさい」と
言っているはずです。この私でさえも思い起こせば…。
しかし、心の底から本気で言う「ごめんさい」は、数えるくらいしか
ないのでは。ドラマの前後のやり取りから、考えるに彼女達はきっと、心から
そう伝え合いたかったのだと思うのです。
人は毎日宇宙に漂う星の数位の、言葉を駆使して自分の思いを、相手に
伝えたり、今の私の様に、文章にして伝えようとしているでしょう。
しかし、この「ごめんなさい」と、もう一つ「ありがとう」と言う言葉ほど
真実の想いからくる「言の葉」なのか、そうでないものなのか、見極めの
難しいものは、ないのではないかな。
裏を返せば五感の冴え渡っている人なら、この言葉が嘘なのか又は
真実なのか、嗅ぎ分ける事が出来るのでは。
もしそうでなくても、直感で、人はいつも感じ取っているのでは。
簡単な言葉のやり取りの中でさえも、人は嘘を見抜く事が出来るはずです。
これからは、もっと慎重にこの、「ごめんなさい」と「ありがとう」を
心から、発信しなくてはと、数分の子ども向けのドラマから、学習したような
気がしました。ところで、当の中学生達はどう感じながら、見ているんだろうか。
当家の娘いわく、「ダサいんだよね、このドラマ。でも見ちゃうんだな
なぜか!」と言っていました。と言う事は私はこのダサい、ドラマに
ハマッテイル、ただの中年なのかしら。クシュン!!