| 2002年 10月 29日(火) |
教える人、教わる人。
昨日は肩の力を抜いて写メールの学習もいいかな!と言う
お便りをさせて頂いたんですが、今日は学習の仕方の、様々な
パターンがあるのではないかな、又最も効率のいい学び方について
一緒に考えてみませんか?
私達は幸福な事にも、学校と呼ばれているところで、幼い頃から
学ぶと言う事を、憲法で、保障されてますね。地球上のどこかでは
学校に行きたくてもいけない人も沢山いますね。
しかし行けるのに行かない人もいれば、個人の価値観が多様化
すればするだけ、学ぶという価値観も変化しているのが、今の
教育現場の状況かしら。
でも、私は子供の頃は教わる側で様々な経験もさせて頂いたし
今も沢山の人や自然、生き物、書物etc.〜学ばねばならないし、
それには終わりがないとも、思っています。
しかし、今は教えるという、側にもいるわけでして、これには
責任と言う大きな力に支えられていると思うのです。
教えると言うパワーすなわち、大いなる力には、大きな責任が
伴うということを、何時も肝に銘じていようとするのですが、
これも一つの悟りと言っていいのかしら。難しいですよ。
私が今日まで、この教室を通して感ずるに
「教え上手は、教わり上手」と言う事です。
子供の頃に人から上手に物事を教わって来れた人は
人の対しても、教え上手だと言う事を教室を通して学びました。
砂がスーッと水をすいこむ様に、素直な心ほど、学びの
達人はいないと思っています。これから何か始めてみようと
思っていらっしゃる方へ、どうぞ、心を砂地のように
サラサラにしてから,スタートしてみてはいかがですか?
きっと貴女も教わり上手になれますよ。