2002年 12月 19日(木)

故郷の暮らし。

 皆さんには故郷がありますよね、人は皆生まれ育った故郷があります。
そこから出て遠くで、家庭を築いて頑張っている人もいれば、又今でもこんな表現するのかしら
Uターンして、故郷で頑張っている人など等。それぞれにあった水と言うのがあって
結構、故郷以外の土地にて、人生の終幕を迎える人も少なくは無いはずです。

 私の故郷は東京です。しかし今はこの福山の地が故郷だと思っています。
それは、私の仕事と家庭その他を、育んでくれた場所だからです。
東京駅を、家族で離れる時、姉がといっても今はもう還暦を過ぎた16歳も年の
離れた姉なのですが、見送りに来てくれました、涙が止まらなくて、きちっと
姉の顔を見ることすらできなかった事を、今でも鮮明に思い出します。
 今日何故こんな思い出話を書き留めているかと言いますと、今読んでいる新聞の
シリーズに登場している画家の人生に、深く感銘を受けているからなんです。

 野口 謙蔵と言う画家なんですが、彼はこよなく故郷を描き続けて終わった人なんですが
「太陽と村落」という1939年に描かれた彼の作品には、何とも故郷への愛着を
感じるのです。この時代の画壇の背景は皆が洋画すなわち、油彩画に模倣を求めて
いた時代らしく、確かにそうなんです、美術の本を紐解いても。しかし、彼は故郷に戻って
やっと、今まで自分を育んでくれた、村の様々な風景を観察することによって
己が目指さなければならない、新たな目標みたいなものを見つけたんだなと感じました。

 彼がモチーフに選んだのは、わずか数キロの故郷の空間だったのです、そしてそれが
彼の生涯の全ての画題になったそうなんです。
 土地に暮らすと言う事は地に根を生やすだけでは無く、根を張り巡らすことなのでは
無いのかなと感銘しました。
 
 昔からこんな言葉があります。「所変われば、水変わる」「住めば都」等など。
しかし、これは言い替えれば、故郷を忘れる事が出来ない物悲しさを伝えたかったのでは
無いかなと思い、私は今故郷の姉を、思い出しています。

 日本の国土の100%を旅してもあき足らず、世界の国々も、沢山の仲間達に支えられて
出向いて来ましたが、この画家のように、わずか数キロの山内を広大な宇宙に見立てて
作品に残していった、そんな人生もいいなと思いました。帰る場所があってこそ
他の土地で暮らして居ても安心できるのではないかしら。そんな故郷に
どうか誇りを持ってみましょ。そして持てる故郷に私たちが作って行きませんか。