| 2002年 12月 8日(日) |
ほんの少しだけ,雨の日に感謝。
しとしと、さわさわ、ぽたぽた、何だか心の中までお掃除してくれそうな雨音に
心地よい休日を過ごさせて頂いてます。犬のお散歩だけが、ちょっぴり辛いかな?
こんな日はどんな過ごし方があるかしら、今お夕飯の支度を済ませて、ラジオの
収録の準備やら、体を休めればいいのに、つい貧乏性の為あれもこれも、したくなる
悪い性質なのです。
昨日の続きのようになってしまうかも知れませんが、「徳川家康」のファイルを
雨音に釣られて捲っていましたら、こんな一文があったのです。
天海和尚が初めて江戸に入った時の印象を綴ったものでした。
≪天海の見た限りでは、この江戸の地形は並み並みならぬ吉相を備えている。
吉相を備えた土地と言うものは、あるいは城主の意志いかんにかかわらす、
人は人を呼び、人の心を吸い寄せて繁昌しいてくものかも知れない≫
この時、徳川家康は、今までの名古屋から突然に何も無い人もまばらな
江戸に移付を命じられていたのです、豊臣秀吉から。
私は子供の頃よく、父親からこれと同じ事を言われてきました。
商売すなわち商いは、場所で左右されがちで、その場所には日が照る所か否かは
既に決まっているとの事で、人生も同じ事がいえるんだよと、教わりました。
子供心に、解った様な気になったのですが、今、まさにわかったような気がするんですよ。
この歳になって。いい時もあれば、悪い時もあるんだよ、人生は、日が照り又沈み
何時までもいいことばかりではないんです。今の日本は少々陰り気味の時代だよと
天海和尚ならいってたかも知れません。
そんなに焦って何処へ行くではないですが、日が又昇るのをこの国と仲間と待ちましょうよ。
外国に安住の地を求めるのではなく。時には私もありますがね、本音を言うと。
但し、あえて日が照りそうも無い場所をわざわざ選んで、移動するのは止めようね。
それは、本能の鈍化というんですよ。人は危険を察知する能力をもちあわせてますので。
事を起す時には、充分に己の判断力を鍛えてからでも遅くはないかれです。