2003年 10月 21日(火)

心の通い合いは、交通ルールみたいなもの。


 私が運転免許証を手にしたのは20年前です、東京では
とても車を移動手段に使うなんて考えてみたことも無かったのですが
福山に来て舅に最初にいわれたのが、「永子さん、車の免許証を持ってるかな、
なかったら、明日から早速学校に行きなさい、手配はしとくから」
ええ!と言う驚きが先でしたが、もう教科書もそろっていたのです。
 
 しかし無事合格したものの、実際の道路と言うのはとんでもないもの
でした。国道を通るのが怖くて避けていたし、高速教習なんて
無かった時代ですから、1人で乗ることは当時無かったのが、岡山の
花市場にいかざる得なくなったら仕方なく1人でも、行けるようになったのです。

 そうこうしているうちに、日本中の高速道路を走ることが出来たのですから
人の成り行きとはふしぎなものです。 そして今では「ゴールドカード」
別にクレジットではないのですがね。ある時一緒にドライブしていた
友人がおどおどと運転していた私にこう言うのです。

 「車の運転というのはね、道路上のそれぞれの車の流れを読み取り
その流れに沿って、時にはスピードを上げたりゆるめたり、リズムなんだよ。
だから自分さえ良ければ安全運転がベストと思うと高速道路では
むしろ事故の原因になることもあるんだよ」

 ええ、とおもいました。なんで?安全運転一番でしょうが!!しかし長年
車のハンドルを握って日本中を所々としても運転していると、目に付くのが
「貴方のその低速が渋滞のもと、事故のもと」不思議な標語だなと
思ったものですよ。でも安全運転というのは、きっとこの方がいってくれた
道路の流れを読んで、そのリズムに合わせれることなんだな、そうすることに
依って渋滞や、イライラを招くことを防ぐこともあるんだ。

 では何故これが人の心と心の通い合いに通じるのかと言う本題に
入ります。
 簡単なんです、実は。人生と言うのを道路に例えてみてください。
前の車、後ろの車、横の車、対向車、追い越して来る車、そして
歩行者、自転車、これらを全て人に例えるとどうなるでしょうか。

 リズムに乗って、人の流れすなわち、対峙している人々の心の
流れを上手く掴むことでトラブルが少なくなると言うことでは
ないでしょうか。どんな局面でも人無くして、我々の生活というのは
営まれないわけ、係わり合いがなくなるということは引きこもりに
なるわけでして、こうなると本人自身もとても苦しくなるわけで
その方の周囲の方も共に苦しむことになるでしょ。

 又相手に自分の心のシグナルを伝えることも、クラクションと
同じではないかしら。

 常に誰かと接している状況下で向き合う人の心の居場所を
確認し合うということが出来るともう少し楽になれることも
多々ありますからね。「川の流れのように♪」のように
人生を流れといる中に置き換えて、見つめてみると又一味も
二味も違った側面が覗けるかもしれません。私は心のなかを
覗かれるのは嫌いでは有りません。いざと言う時に
時間が省けるからです。

 まあ、これは人によって違ってくるので良しとしましょう。
何時でも私の心の窓を叩いてくださいね。

 予告:でーす。読書から学ぶ、人生の巾です。覗いてね。