| 2003年 12月 1日(月) |
本当に12月、今年最後のひと月になってしまいましたね。
「年の瀬」…これは歳も瀬戸際に来てますよという意味ですかね。
「瀬戸際」余り良いイメージの音ではないように私は感じますが
「人生の瀬戸際」よりはいいかな、昨日も哀しいニュースが頭を
離れません。それは自殺される方が年間を通して、交通事故で
亡くなる方よりも多い3万人を超えているそうです。
「人生の瀬戸際」どうしていいのか為す術も無く選んだ選択肢
だったのでしょうか…どんな人でも何かのきっかけでこの「人生の瀬戸際」を
感じたことはあったはずです。私も実はありました。
それは、「脳腫瘍」と宣告されたときです。
そんな私が今なぜ元気にこうしていられるのでしょう。
10年前のことですが、やはり「人生の瀬戸際」に立ったような
記憶が今でも走馬灯の様に思い出すことがあります。
何が私をその「…瀬戸際」から救ってくれたのでしょう。
家族、仕事、己の生きて来た人生の足跡等を今一度振り返った時…
「…遣り残したことはないか?、残された家族は、責任を持って
花たちと素敵な時間を過ごす約束をした生徒達、友人…」
様々な想いでが私の中から溢れ出したときそれは、涙と共に
甦ったことも覚えています。
そしてもうひとつ、自らの命を絶つ勇気が無かったのです。
果たしてこれを勇気と言う表現が相応しいかは、今だ判断できません。
沢山涙を流しました。1人で…、時には家族とサポーターと友人と
身内と…窓越しの外が救われる道に見えたり、恐ろしい地獄への
道に見えたり。その頃の私は夕暮れのカーテンを閉めることが
出来なくて1人うずくまって、家族が帰るのをじっと待って居たことも。
不幸は時として己を強くすることがあります。
そして潮は満ちて解頭手術…「年の瀬」が来ると来年は生きて
居られるだろうか?と言う不安も押し寄せてきたものです。
しかしこれは何方もありえる現実なのです。
明日は誰にも見えないからです。
誰が考えてもひょっとしたら「マトリックス」は、いつか
現実になるのではないかと思える瞬間があるはずです。
そうならないで欲しいのですがね(^f^)
辛いことや、楽しいことや、哀しいこともすべて含めて
分かち合いたいなと言うことを私は体験しました。
これが私流の「時として人生の不幸は、己を強くする」と言う
ことかしら。私は愛する人々それは縁あって巡り会えた人達すべてです。
この方達と共に泣き笑うことが好きです。宜しくね。