2003年 2月 22日(土)

「頂門の一針」

 今日は「徳川家康 第13巻 侘茶の巻」からお届けしましょう。
≪人生のとげ≫という1章節からです。場面はこんな展開ですから
イメージしてくださいよ。さあ用意スタート!

 豊臣秀吉は今まさに天下人として、他を寄せ付ける事も無い
勢いでした。贅を尽くしきらびやかに今この時ほど己の出世を、己自身が
甘んじて浮かれていたのです。そんな秀吉に、妻として又正妻として
(秀吉の好色は有名ですものね)
  
 「寧々は、近頃の秀吉に頂門の一針を加えるつもりらしいのに、秀吉は
全然逆に自信を高めている、(なるほど、これでは距離がありすぎる…)
 琵琶法師のよく言う、奢る(おごる)平家は久しからず…と言う1語が、ちらりと
浅野長政の胸をかすめた」と言うくだりです。

 家臣の浅野長政の思いくをつづったものです。
この「頂門の一針」とは、何と素晴らしいのでしょう。
有頂天になっている秀吉に、一針刺さねばならない、誰もが出来る事ではない
妻である寧々だからこそ出来る、又成せる技とでもいいましょうか。

 女関白などと言われる由縁でありながら、さすがとしか言いようのない
「女性、にょしょう」だったのですね、きっと。
 こんな夫婦関係にも少々憧れませんか?私だけかもね。
  
 ただ、女は強くなったと言われるのではなく何故強くあらねばならないのか?
男性に、寧々の様に「頂門の一針」を刺すタイミングを常に夫の為に見計らっている
これこそが妻としての愛の証ではないかしら、これも私だけかしらね?

 いつも私は生徒さん達に、時として夫婦は互いが戦士であらねばならない時が
あるのですよ。それは相手を深く愛する事が出来る時だけ許される事なのですと
いうのです。まさに「頂門の一針」と言いたいのですが如何でしょか。

 パパパパーン、実を言うと本日目出度くも、私は「結婚31周年」の記念日を
迎えるのです。娘達は果て知っているのであろうか何の音沙汰もないけれど。
よいよい、苦しゅうないぞ!
 と言う事で幾度となく、別れようと互いが感じた事か!紆余曲折と言うと
格好がいいけども、面倒だったのかもね、離婚は結婚よりもエネルギー
消耗するのですよ。周りを見ていると。まあお互い横着者だったと言う事に
しておきましょう。 

 ところで、READERの中に≪僕は毎日、頂門の一針を嫁さんから刺されてるわ!≫と
反論したい方もいるでしょうね、だったらそれは愛の証だと軽く流しておきたまえ。
そちらの方が幸せと思えるでしょ。
 何々?本当に痛い針だったりして。それは保険金と相談した方がいいよ。
悪い冗談でした。ごめんなさいね、時に女性もしっかりと仕事と家庭の両立が
出来ないとダメですね。頑張ろうね、愛される女で何時までもいられますようにね!