2003年 2月 8日(土)

心の贅肉って何でしょうね?

 小雨の振り出す雨の中、久し振りにお昼のレッスンから
お話しましょうね。皆さんとても素敵な作品でした。生徒さんの成長は
私にとって何よりも変えがたいご褒美です。そしてそのティタイムから生まれる
数々の言葉の宝石はこの上ないご馳走です。
 
 
ある生徒さんの成長振りを伺えるそんな話題からです。
出来上がった作品の講評を終えて皆さんからメッセージを
頂く事にしました。そのうちの1人からです。

 Tさんがこんな風に感想を伝えてくれました。
≪以前、先生に心の贅肉を取って、無の境地で(無心に)活けなさいと
云われたのですが、意味がよくその時はわからなかったのですが、
今やっとその意味が解ったような気がするのです≫そこでもう一度
皆で≪心の贅肉≫とは何でしたかを今一度考えて見ましょうとなったのです。

 ある時、うら若き乙女達の多い当教室では、ダイエットの話題となると
まるで品川は、立会川のぼらの様にあれもこれもと話題が、沸騰するのです。
と言うよりは踊り出すのかしら。
そんな時に私は出来るだけ彼女達の心を沈ませないように、 
≪心の贅肉を取るほうがよっぽど人は大変なのですがね、
 体の贅肉は、食べるという衝動を、少しコントロールする事で解決できるけど、
 心に付いた贅肉はとろうと思って取れるものでは
ないのです、そちらは若いうちに取り除かないと、歳を重ねる度に人は
頑固になるといいますからね、出来るだけ若いうちに取り除きましょうね≫
と言った記憶は確かにあります。

 彼女はそのことを言っていたのですね。とても嬉しかったです。
そして今その意味が彼女の中で解りつつあると言う事が。

 心の贅肉って、では何だと思いますか?
答えは簡単なんです、≪欲≫と言う事なんです。
様々な雑念は人に≪欲望≫と言う邪念を生むのです。

 お花に対峙した時、人はこの≪雑念≫に囚われてしまう傾向が
あるんですね。例えば誰かときそってみたり、自分だけの世界に酔いしれて
愛でる人の心を無視して、己の主張だけを表現したり、様々ですね。

 花の向こうに人が居ると言うメッセージはこの、邪念との戦いであることも
時としてあるのです。しかし心の贅肉が上手く取り除かれていると見事な
作品を作り上げるのですね。感動しましたよ、貴女のメッセージを
頂戴する前から、これからも、身心共に贅肉取りに励みましょうね
お手伝いしますよ。