| 2003年 4月 11日(金) |
過去と言う足跡に貴方は負けてしまう人かな?
毎週何故か、最近週末の天気が悪いですがもうお花見は済ませましたかな。
私は近くで済ますので心は毎日が、花見です。でもいつも
素敵なスポットにはチェックを入れてます。
花見の話ですが、昔の人は桜の花に格別の想いを寄せていたのです。
日本人にとって桜とは又他の樹木とは違った感慨深い思いを、寄せているようです。
特にお年を召されると、来年は桜が見れるだろうかと、人生を振り返ってみたり
次の年へと生への執着を抱いたり、咲いても美しく散っても美しいこの花に
ことの他、想いを寄せたがるそうです。
亡き義父は、病床にあったときから窓はあったものの隣の壁だけと言う
ちょっぴり哀しい佇まいだったせいか、格別この時期になると私の
飾る花達を無言で喜んでくれました。
ある時人は、自分の人生の終末期が見える人も居るらしく、
義父はひたすら自分のアルバム整理をしていました。
その時残した私へのメッセージは「残された者が見ても判らないし写真は
残された者にとって迷惑だろうからな。元気なうちに整理しておかなくてはね
それが先立つ者の勤めなのさ」
あれから何年の年月が過ぎたことでしょう。
しかしその姿を見ていて私は何故と言う疑問と、老いていくという課題を
残された様な気がしたのです。
過去とは自分の生きてきた証しであり、足跡なのです。
しかしどんなに短い過去の足跡であれ、喜怒哀楽の思い出という月日が
流れているからこそ過去なのです。
その過去の辛い場面ばかりを思い出として心に刻む人と、楽しかった思い出
すなわち「喜怒哀楽」をバランス良く心に刻める人とでは、大きな違いが
あるのです。
人の心はいつ何時もこの「喜怒哀楽」のバランスが大切なのでしょうから。
子供が親に自分の幼かった頃の思い出を語る時にどんな過去をこどもなりに
伝えようとするのか、これは成長期の大切なターニングポイントになります。
こんな時どうか教えてあげて下さい。どんな思い出にせよ、大切な時の流れの
中で貴方は生きてきたはずです。どうか自分の過去に負けないでねと。
ともすると辛かった思い出で、自分を支えようとする人が居ますが
それは良い結果を産まないのです。
ひとつでもいいから自分への愛を感じた瞬間の思い出を心のデーターボックスから
ダウンロード出来る様にしましょうね。
亡き義父はある時こんな言葉を私にくれました。
「最後の親孝行有難うよ」と。
不思議な感じがしたのですがその時は。でも今は義父に心から感謝してます。
私と義父の過去の足跡は素敵なものになったのです。
これからも亡き義父のためにも、頑張って生きたいと思って今日の
日記は締めくくります。
「おじいちゃん、本当にありがとうございます、今の私は貴方が
礎を作ってくれました」安らかに眠ってくださいね。