2003年 4月 15日(火)

いやはや、春でっせ。しかし桜の木の下には後用心これからの季節。

 葉桜、まだ蕾まだまだ桜前線は続きますが、今日はいささか一枚脱ぎたいですね。
一枚どころかもう一枚なんていう方もいそうです。寒がりの私も本日は脱ぎました。
おだてりゃもっと脱ぐという事は決してありません。

この時期は桜の下で寝そべってはいけませんよ。何故って毛虫がうじゃらか、
うじゃらかこの世の春とばかりに、そして気が付くと「痒い、痒い」
その後は掻き毟ったりして傷は出きるは…そして気が付くと膿が出ていたりして。
これは事実に基づいてます。経験済みとでもいいましょか。

 しかしこの膿を見るたびに思う事が、人間とは本当に理に適った生き物だなと。
この膿は医学的には免疫力の表われで一生懸命、体に出来た傷を治そうと
する原理なのです。子供の頃よく、傷が出来てそのかさぶたをやっては
いけないといわれながらも取ってしまう、経験あるでしょ。

 しかしこのかさぶたも原理としては立派な免疫なんですよ。
自然に治癒した証しで取れたら、新しい皮膚組織が又体を守るわけで。
 
 私はある時感じたのです。
人生ってこの傷と膿と、かさぶたの原理に良く似ているのではないかなと。

 傷とは、不可抗力で出きることがあれば、意識的に出来てしまう事も。
どちらにしても出来てしまった以上治ってもらわないと困るわけで、その
程度の依ってはドクターのお世話になるか、ならないかでね。

 心の傷はこの原理に時として当てはまるような気がするのです。
出してはいけない膿もあるかもしれませんが、大方はすっかり出しきって
しまった方が治りが早い場合があるのではないかな。

傷はある時期までは膿でばい菌を出すのですが、その後はかさぶたで
しっかり蓋をするのです。そのしっかりと、ばい菌を出す時期こそが
悩んだり、苦しんだり、言えば苦悶とでも言いましょうか、その時期に
しっかりと出し切ってしまうと傷の治りはむしろ早いのです。
 時としては誰かの力も借りたりなんかもして。

 八方ふさがりになった時、この原理で挑んでみてはどうかしら。
塞がっているんだから後は突き破るしかないでしょ。
少々乱暴のようですが、昔から「荒療治」と言う言葉があるくらいですから。

 自分から逃げずに立ち向かって行ってみたら。ほんの少しの光が
そこから見えてきたらもう後は成り行きで。そして気持ちの良い
蓋を見つけてみましょうね。