2003年 4月 23日(水)

貴女はどんな時に輝いていたいですか?

 今日は久し振りに肌寒いと感じたのは私だけかしら、片付けた
おこたが少々恋しいようなそんな感じではありませんでしたかな。

 夜空の星を見上げながらつくづく思うことがあるんです。
星の行方は誰も追いかけていけないけども、思いを馳せる事は誰しもが
可能な事なんだなと。
 宇宙と言う空間の中で、としか私は表現できないのですが一秒前は
既に過去であるわけでこうして一文字づつ打ち込んでいるこの一文字も
過去の中に閉じ込められていく瞬間なんです。
 そう思うとこの地球が生きてきた時間とは想像もつかない位
果てしないロマンです。

 そんな中に組み込まれている、今の自分と言う時間の中で貴女は
どんな時いつ輝いていたいですか?

 若いときは、今ではなくちゃ嫌と思うかもしれません。
しかし若いときはそれだけでも輝きがあるのでは。
なのに輝いてないと嘆いている人が結構居るんです。なぜかしらね。
それは自分と言う心の中に「満足」と言う感触が無いからかな?

 その満足とはどんな時に感じ取れるのかしら?考えた事ありますか?
別の言い方をするならば「充足感」。
例えば思いっきり走ったりして「ああ、今日も気持ちの良い汗を
流したな」と言うのは心と体がその場で感じ取れる満足感であり
又すぐ目に見える結果なのです。

 しかし私のしている事などは結果がすぐに出るものではないのです、
何回も活けて、又活けてそして何年も時間と言う流れを
積み重ねて感じ取れる「ああ、私、少しは満足の良く作品が
活けれるようになったかしら」と感じ取れればまだいいかも。
私などはいまだに、「最初」と言う瞬間は常に緊張してます。
 それがどんな仕事であれ。仕事に大小はありませんから。

 という事は人が輝きを周囲に放つ時とは、本人には気がつかない時
すなわち、自然体で周囲が認めてくれるのではないかしら。

 人は、一人称で言うならば「私は絶対に輝いて見せる、皆にきっと
認めさせて見せる」ではなく、積み重ねた結果、誰かが1人でもいい
自分をどこかで認めてくれる日がいつかくるでしょうと言う
謙虚な気持ちの積み重ねと学習こそが大切な結果への道しるべでは
ないかしら。

 焦らず、ゆっくり自分を見失う事無く勉学に励んでね、この
勉学とは学歴でもなく試験用紙の上だけではないという事で。
毎日の自分の中で決めた学問でいいと思います。そんな
自分探しの「学問」見つけてみてはどうかしら。欲はださずに。

 私の毎日の「クローバ探しの旅」も50年続いていたら
これは立派な学問になると信じているんですよ、笑われるかも
知れません。