| 2003年 4月 9日(水) |
「始まり」と言うタイトルが付くのは人生に幾度あるかしら。
3年目になる「穴吹学園」の講師会に出席してきましたので
今日はその中から感じた事を日記につけて置きましよう。
所々事務的な改正はあったものの、こう言う会議はとかく
そうそう毎年趣向が変わるものではありません。講師の先生の
顔ぶれが変わるか、毎年大きな変動があるほうが困るくらいなのですが。
何故か途中あくびが出ると言うのも会議にはつき物でして。
しかしよく観察していると、毎年変わらないようで本当は少しづつ
変わっているのです。変わらなければいけないのです。
私達講師が。変わらないなと感じるのはもしかして、己が去年と変わらないので
あって自分が常に次の年に向けて新たな希望や、展望をもっていると
風景や、周囲が変わっていないようで実はそこには大きな展開があるのです。
人の一生には幾度となく「始まり」と言う第一歩があるのですが
その第一歩が見えずにいつもと同じと感じるのは自分の心に巣食う
「惰性」と言う2文字なのではないかしらと感じながら校長先生の
メッセージや新任の先生の挨拶を聞いていました。
そこで思ったままをメモに取ってしまいました。
ごめんなさいね、ほんの少し会議をサボりました。
≪人には常に始まりがある、しかしその始まりは長く重なれば
重なるほどおろそかになる。10年の道のりならば、始まりは
10回と捉えるべし≫
これは自分に強く言い聞かせたいと心に呟きかけながら
帰り道を路傍の花達と道草をくいながら、教室へと向かいました。