2003年 5月 26日(月)

悩める人と、考える人ととの違いは?

 昨日の日記を読まれた方がこんな質問をしてくれました。
嬉しいですね。実は私もあれから同じことを繰り返し考えてみたのです。
面白くて今朝は昼食時間の合間にスタッフにも同じ質問をしてみました。

 Aさんは《悩むと言うことは、自分の中で1人答えを求めることなく
ただ悶々としているだけで、考えると言うことはああでもない、
こうでもないと答えを求めようとするのでは》といってました。
うむ確かにと周囲も同意していました。

 数名のスタッフが大方同じような意見ですねと言うことで
まとまりましたね。

 では私はと言うと、これをもう少し膨らまして考えて見ることに
しました。
 悩む人は誰かに聞いてほしいと言う欲求が強いのです。
考える人はまず自分に問いただそうとするのです、此処で多少の
違いがでるのではないかしら。と言うことは考えることは答えを
求めるために己に向かってああでもない、こうでもないと
つきすすむのでは…。

 そこには、答えを求めるための数式に近い、構築された思想が
生まれてくるのではないかな。その構築力が人生のばねになり
力になり脳のしわを増やすのでは。人類の大半が
脳の半分も使いこなしてないとの報告もあるくらいですから
いかに考えている時間が少ないかお分かりでしょ。

 私もまだまだですがね。といっても私の場合少し違いますが。
これはある種の密やかな思い出に取っておきましょ。

 ところである男性にロダンの彫刻の話をしましたら
面白い反応がありました。私はその場で大笑いしました。

 《僕はロダンの「考える人」を見たときに、これは
まさに「考えてない人」と感じた、君の日記を読んでみて
僕は進化してないのかあの彫刻を見てから数十年経った今》と。
面白くて愉快だと思いませんか?

 それともひねくれているのかしら。いうまでのありませんが
この方こそが私の旦那様と呼ばれている人です。
しみじみこの人と結婚してよかったのだろうかと、又「考える人」に
本日なろうとしてました。

 でもスタッフと過ごした数十分ですが、この問いかけに
皆が真剣に考えてくれたことが嬉しかったです。
これでも少しは考える時間にはなったのではないかしら。

 そういえば当教室の「師範科」に副題は「考える師範科」と
なっていることをすっかり忘れていました。