2003年 5月 28日(水)

渦の外と、中から見る周りの景色の違いってなんだろう?

 あっという間に4月も終わってしまいますね。
忙しい日々がまるで、鳴門の渦潮のように思えるときが
あります。渦潮を何度か見に四国へ旅したことがあるのですが
始めてみた時は目が回りそうで、吸い込まれそうで…
とにかくしっかりと見据えることが出来なかったものです。
悔しくて又出かけていくのですが、少しずつあの渦にもなれて
くるもので、そのうちに波の華だけがいとおしく感じて
来るようになりました。

 そんなある日、この渦が自分の人生の渦巻き、すなわち時の
流れを刻む、ぜんまいのように思われたときがあったのです。

 その時、後ろのほうでこんな話が耳に飛び込んできたのです。
《あの渦を見ていると飛び込みたくなる人が居るらしいよ!》
 ええそんな!と都会からこちらに着たばかりの私にとって
ロマンティックな渦もどこかに吹き飛んでしまいました。

 後からご当地の人に聞いた折にはやはりそのような事故も
ままあると言うことでした。
 
 ちょうど今ごろの季節だったと思います。四満十川の
ほとりで野宿したのを覚えていますから。
 
 人が忙しかったり、何かに夢中になったり、そのことばかりを
考えていたりする、ゆとりの無い生活をしていると、思わず
この渦潮を思い出してしまうのです。何故ならば《渦中の中ばかりに
いると、周囲が見えなくなる》という、徳川家康の言葉があるのです。
 そんなときは自分から進んで渦の外へと出向いていたそうです。

 まさにその通りです。忙しいと言う言葉の響きは時に自己満足を
生むときがあるのです。それは自分を見失う危険信号でも
あると思いませんか?

 私は家康のこの言葉が大好きです。どんな状況下に置かれても
常に冷静であれと戒めてもらっているような気がするから。
 渦潮を見て感動した後はゆっくりと渦の外を見回す、ゆとりも
持ちましょうね。