| 2003年 6月 2日(月) |
人生を素敵なガーデンに例えたならば…
昨日に続いてどうも庭の話、つまりガーデンかな?こんな
ところから本日は書き始めてみましょう。
人生を庭に例えて貴方はその庭に様々な種を蒔きました…
その種の中には例えば「不幸せ」「アンラッキー」「アクシデント」
等という花を咲かせるものも混じっていたとしましょう。
さあ、貴方ならどうする♪こんなフレーズ昔ありましたね。
皆刈り取ってしまいますか?それとも咲いてみるまで待ちますか?
咲く前に切り落としますか?咲かせたままじっと見つめて生きますか?
私ならどうするでしょうねー。
きっと見事に咲くまでじっと待つでしょう。咲いてこそ花だから…
これは植物だから出来ることなのです。人間の傲慢さがここに
出てくるような気がしますね。
でも私たちは植物と違うところがいくつかあります。
まず自分で動くことが出来るので、生きる場所を選ぶことが出来るのです。
生まれてくる場所を選ぶことは出来なくても人は生きる場所を選べるのです。
そして死ぬ場所も。植物は選択権がないのです。種として飛んで行くか
蝶や虫を通して子孫を増やすことと。言語は勿論ないです。
では何故私は本日人生を「庭=ガーデン」に例えたんでしょうね。
最近感じたことの1つに、人は「不幸せ、アンラッキーetc…」といった
種を「幸せ、グッドラック…」と言う花に植え替えることが出来るのでは
ないかと…
と言うことは咲いた花が例えどんな花でも感じ方しだい又は
受け止め方しだいで、変わるのではないかしら。
私は出来ることならどんな花でも、「幸せ」と言う名前を付けられる
そんな人生を目指したいですね。これから先も…。
皆さんもトライしてみたらいかがかしら。
「受け止め方」とは、感受性の事ですね。五感をしっかり鍛えて
見たらいかがかな?