| 2003年 6月 8日(日) |
老いては子に従え、又は老いて分かる親の有りがたさ。
と言うように「老い」から始まる諺や、昔からの熟語など
調べてみると沢山あります。その中でももっともシンプルに
生活の中で使われていると思われるのが本日のタイトルだと
私は思っているのです。
いつの時代も絶えがたいのは親子間の喧騒ではないかしら。
時代背景が変化してもこの喧騒から人々は、逃げ出すことが
出来ないようです。何故でしょうね。
それぞれが自己主張が容易に出来る時代だからではないかしら。
自己主張といっても子供から老人に至るまで様々な年齢層に
広がっているのです。
本日このタイトルで日記を付けたかったのは「徳川家康第15巻」から
このタイトルの意味にふさわしいと思われる文面を拾い上げたからです。
頭の中でご一緒に文字を追いながら読んでみましょうね、徳川家康を。
場面は豊臣秀吉がもうじきこの世を去ろうとしているときです。
ご存知のように太閤秀吉は晩年になって一粒種の秀頼を授かったわけでして
そこからが彼の最大の人生の汚点を作ったとされているのですが…
小説「宮本武蔵」の中でも同じようなことが描かれていますから
きっとそうだったという事でストーリを進めて行きます。
第15巻「難波の夢」の高野の雨325頁
家康の家臣が家康にたずねるのです、《その、みんなに好かれている
太閤も、ご自分の目は届かなくなっている…と、おわかりなされば
このようなことは…》(ここでこのような事とは、秀吉は秀頼に
後を継がせたい一心で甥の秀次と、その家族その他関わりのある人々を
三条の河原で処刑し、秀次には高野山にて切腹するように仕向けたのです)
家康:《それが原因よ、人の目の届く範囲には限りがある。年齢もそれを
見えなくする一つじゃが、権力もまたその一つ、そして、溺愛もなあ。
とにかく》(以下省略します)
先ほど書いた親子の喧騒のほとんどといっていいくらい、親子間の
権力争いがあるのです。子どもが一生懸命に親のために尽くそうと
思っていても中々親は現役を退かないが故に喧騒が絶えない。
これって社会全体、会社、政界様々なジャンルに見え隠れして
いると思います。
「老いては子に従え」と言った昔の人の意味がなんだか
おぼろげにみえてきたのです、行間から。
年齢はだてに重ねるものではないが、己のキャリアに過信しては
いけない、年相応になったときは次の世代にバトンタッチすることも
大切なんですよと言われている気がします。先日の新聞にこれに似た
ことが取り上げられていました、そう言えば。
今の若者はと言うそういうお年寄りにもそっくり返したいよ
同じ台詞を…と言う少々皮肉めいた文面では有りましたが。
今の若者はと言う言葉が私は嫌いです。
それは奢った大人が言う言葉だからです。
いつの時代も互いが年齢を超えて、教えあい、学びあうのが
次世代への責任ではないかしら。小さな責任、大きな義務家庭を
大きくしたのが社会であり、国家であると言うのが私の持論です。
続きの中で又一緒に読める文面を見つけたら日記にしましょうね。