2003年 7月 21日(月)

喜怒哀楽を今一度、考えさせられたエッセイに出会いました。

 この著者は直接的に「喜怒哀楽」について書いていたわけではないのです。
この方は今の子ども達を取り巻く世の中のありかたや、疑問点に
付いて書いていたのですが、何故か私には「喜怒哀楽」と言う
「言の葉」にむすびついてしまったのです。と言うのは著者の全文を
ここで紹介するには少々時間が掛かりますので、かいつまみますと
こう言うことなんですね。

 大人が変わらなければ子どもも変わらないと言うことなんです。
何だかふとわが人生を振り返って見るいいきっかけになりました。

 そして振り返って見たときに、人の感情を表すときに良く使われる
「喜怒哀楽」が思いついたのですが、はて自分にとっての「喜怒哀楽」とは。

これをきちっと我が子に伝えただろうか?疑問符をもってしまいましたね。
ひょっとしたら、「怒」と「楽」しか伝えられなかったのではないかなと。
 人の感情のバロメーターにもなるこの「四文字熟語」は、昨日の
スルメのように噛めば、噛むほどに奥が深いかな?

 私なりの解釈をするならば、「喜」とは喜びですが、これは人を
愛すること、人の為に何かができる自分を見つけることすなわち
「愛」に繋がる言葉で、「怒」は単純に怒りですが、考えるに
怒りが誰に向けられていくのか、自分なのか、はて周囲なのか?
この「怒」が強く表れるとき人は何事も周囲の責任にしてしまうのでは。

 次に「哀」哀しみですが、これも奥が深い意味があるのでは、
哀しみを受け止められないとき、人は人の哀しみすら、又己の
哀しみも受け止めることが出来ずに自らを責めたり、そして他者をも
責めることもあるのでは、これもなんだか「愛」に通ずるものが
あるのかな。そして最後の「楽」これも単純に解釈するならば
楽しいこと嬉しいことですが、己の楽しみだけを優先しているならば
これもまた身の破滅を招くのではないかしら。

 すべからず「喜怒哀楽」とは、1つづつの文字を分解して見ると
「愛で始まり、愛で収まる」いたって単純なんですが
これにきずくのには個人差があるようですから、あまりこどもを
せかさずにゆっくり参ろうという結論を本日、ひとつだけ
だしました。著者の方に心より感謝です。今日も1日
良い日でした。ありがとうございました。