2003年 7月 28日(月)

疑心に満ちた心、それとも信実に満ちた心…

 先日、とある友人がこんな風に私を表現したのです。
《貴方はね、人を信じすぎなのよ、それもすぐにね
人はまずは疑ってかかるものなのよ、今の時代
裏切られた時を考えたら悲しいでしょ?それに信じて
裏切られるほど辛い物は無いでしょうが!》と。

 以前から、はっきり物言う友人でとても痛快、愉快
大好きな方なんですが、ここまで言われると何故か
「そうか!」とうなずいてしまいそうなんです。

 が、ですよ!本当にそうなんでしょうかね。今度は
皆さんにこの質問を投げかけてみましょう。そして
ご一緒に考えて下さいね、私のためにも(トホホホ泣きそう!)

 私はこう考えるのです。まず信じることと、疑う、すなわち
疑心暗鬼に物事や人を捉えた時と、どちらが己のエネルギーを
消耗するかしら。

 私だって伊達に、人生ウン年生きてきたわけではないですよ、
言わせて頂きますが、その経験と言っても自分の哲学からですが
人をはなから疑って掛かるよりは、信じると言うことのほうが
遥かに幸せなんです。そしてエネルギーの消耗も少ないのです。

 疑心暗鬼になって大事なエネルギーを使うよりは、その
エネルギーをもっと有効に使いたいですよ。

 例えば本を読むとか、何かを学ぶとか、人それぞれの時間の
使い方で…

 勿論お花をいけることも忘れないでね。だってお花は
やっぱり素敵ですよ。今もラベンダーの香りの中で日記を
つけてますが、先日来客がありまして、その時にその方が
開口一番《いい香りがしますね。何ですか?》と尋ねてくれました。

 そこで今作っているポプリを見せて差し上げたら
《やはり自然の芳香剤は良いですね》と誉めてくれました。

話がややそれましたが、私はこの方のお褒めの言葉をまずは
信じます、決してお世辞だとは思いません、だって誉めて
頂いたのですもの、疑ったら失礼でしょまずは、それよりも
まずは感謝ですよね。

 とあるとても美しい女性がある日私にこんな質問のしたのです。
《先生、人は私のことを綺麗と言ってくれるのですが
信じて良いんですかね》と。
なんと、もったいない方でしょうねと答えました。
 私なんて言われてみたいものですよとも、添えましたが。

裏切られた時はでは、どう対処しましょうか?
泣けば良いではないかね!涙が涸れるまで!

そして誰かに愚痴を溢し、慰めてもらいましょうそれで良し。
次もやっぱり信じますよ、誰がなんと言おうが。でも少しづつは
賢くなっていってますからね、くわばら、くわばら…