| 2003年 7月 7日(月) |
砂を噛むような人生とは、こんなタイトルで始まったティータイム。
「砂を噛むような人生」って分かりますか?
お若い人はピーンとこないでしょうね。本日はこの話題から。
おしゃべりに参加した年代はと言うと、20代、30代、40代
50代でした。勿論40代〜50代にかけてはご存知でした。
しかし20代から30代の方にはイマイチピンとこない。
20代の方に至ってはまったく聞いたことがないとのこと。
仕方無いですね。ではまずはこの意味から世代別にどのように
解釈しているかをお伝えしましょう。
まずは30代、何となく分かるような気がする、40代は
「よく言いますよね、昔、多分むなしいなどと言う感じかな」
これに近いですよね。では正確にはと言うと
私もうすら覚えなんですが、「無味観想」と言った感じだったと
おもうのです。ではここで「観想とは…精神を集中し深く観察して
人生を観想する」と辞書では書いてありました。
でもこの字であってたかな。これさえも定かではないところを
見ると人に「人生指南」するなんて、おこがましいですね。
しかしこれだけは自信を持っていえます。同じ人生、人の生きる道
虚しく感じながら生き長らえるよりも、味わって酸いも甘いも
何らかの味を噛み締めてこそ、己の一生と思って本日まで
生かされてきました。
短く生きようが長く生きようが、誰かの為に1つでも良い行いを
してから全うしたいですね。四つ葉探しは小さな小さなひとつです。
毎年私の採取した四つ葉を楽しみにしてくれる人がいるんですもの。
さあ今年は本日で、何枚集めたでしょう。七夕の日までに。
当たった人は何か素敵なプレゼント差し上げましょうね。
ただし穴吹学園の先生方の応募はだめですよ。答えをご存知の先生が
いらっしゃいますので。
ちなみに去年は144枚でしゅ。この数に今年も挑戦しますかね。