| 2003年 8月 6日(水) |
《…してるつもり》の人生送ってませんか。
8月8日はもう暦の上では《立秋》だそうです。
季節の移り変わりがへんてこりんですが、暦は太古の時代から
人々が自然から学んだデーターなのでとりあえず暑さ、寒さも
彼岸までと言う言葉を信じてみましょう。
では本日の本題に入りましょうね。
人はともすると、大なり小なりの勘違いを重ねながらその中から
学習したデーターを生活の中で取り込んだり、排泄しては、
又取り込んでいくという非常に原始的な作業を繰り返して
いるのではないかしら。
それは人類が未熟な生物であり、今だ進化していないと言う証では。
四足走法から、二足走法に変化して、尻尾がとれてから
その他の進化がどれほどあったでしょう。
だからこそ、いとおし生き物なのかもしれません,がしかし
この勘違いが時として、とても怖い結果を招くこともあるのでは
ないかしら。
例えば親が子ども育てると言ういたって原始的な行為のなかで
この《何々してるつもり》が、沢山有ったらどうなるでしょう。
お乳を上げて、おむつを替えて、ごはんをたべさせて、一緒に遊んで
あげて、しつけをしてる…これら全てが《…つもり》の人生だったら。
本当に伝え、残していかなければならない《愛,情,慈しみ,喜び,
真心,信念,悟り…》など、人として生きていく大切な術を
親が《つもりの人生》で伝えていたならば。
怖い結果が待っているのでは。1つでも良いですから、己の
人生の中の真実を10のうち1つでも、伝え残せたら
そして其の努力を惜しまずに生きていけたら、いいなと
常々思っているのは私だけかしら。
《つもり》の人生は時として《錯覚》の人生、これはとても
虚しいものです。どうか今一度盆休みや、夏休みの間に
一度考えてみてはいかがかしら。
P。S.このONE SHOTは大好きな京都の寺院の紅葉です。
レンズから覗くこの景色がそろそろ懐かしくなりましたね
この暑さからほんのひと時の「涼」を求めてみました。