2004年 1月 19日(月)

少しづつ、夕日が長くなったと感じませんか?


 こんな素朴な当たり前のことに日々感動してしまう悪い癖があるのです。
昨日訪ねてくれた人たちから、私はひとつ大変勉強に成ったフレーズがあるのです。
それが今日のタイトルに含まれている《…当たり前の事》なんです。
彼らの1人が私に最後に残してくれた言葉が《先生の言ってることって
本当はとっても当たり前のことなんでよね。それに気付くのに時間がかかる
これが生きてるってことなのか》

 その当たり前のことが人と人の間の中でいつの間にか見失ってしまった時
必要以上に自分を苛めてみたり、逆に苛めてみたり、訳のわからない迷路の
中でうやうやと悩んでしまうのです。

 身の回りの中で当たり前の事ってどんなことに思いがいきますか?
親が子どもの世話をする、子どもが親の面倒を見る、困っている人を
助ける、仕事をする?書き出していたら切りがないですよきっと。

と言うことは人が人に対峙しておこなう行為に当たり前と言えることがあるのでしょうか
私はこれらはある意味で決して当たり前のことではないのではないかなと思うのです。

 なぜって、そこには相手に対する「思いやり」と言う自分の中で育てなければ
心の引出しから出せない目に見えないものがあるからです。
 ということは当たり前のことって言うのは、日が昇り日が沈み雨が降り雪が積もり…
神のみぞ知る自然現象だけが、移り行く四季を感じ取ることだと
思ったのです。

 そしてその恵でさえ、当たり前の授け物ではないはずです。
自然に対して畏敬の念を今更に感じた今日の夕日、少々曇り気味のね。