2004年 10月 9日(土)

ご自分の写真をファイルしてますか、ひょっとして…


 今朝頂戴したメールをテーマに本日は日記を書き込んでみましょう。
最近、子供達は自分達でアルバム作りをしてますが、考えて
みると自分のアルバムは…そうなんです。
 子供が幼い頃は、親というものはカメラを持って様々な
思い出作りをするのですが、これが第一子から、第二子…となると
以外にもアルバムの中の写真の枚数が減ってくるという話をよく
聞きます。

 我が家も例外なくこれに当てはまるのですが、幼い頃は
なぜ自分だけアルバムの数が少ないのか、詰問(^^)されたものです。
さほどの理由はないのですが、親も整理も大変になってきたり
カメラにも飽きてきたり、勿論そうでない親御さんもいますよ。

 ところが今では子供達はプリクラをアルバム代わりにしてみたり
携帯電話のカメラをファイルしたりと、幼い頃から思い出作りが
鍛えられているようです。

 それに比べると親というのは、中々自分を写真に収めてアルバムを
整理しながら、ありし日の自分を残そうとしなくなるのは、人にも
よるのでしょうね。
私などもほとんどといっていいくらい、ここ10年近く、自分の
ポートレートはないといっても良いくらいです。

 もっとも、生徒さんたちや、花たちを撮る方が先決そしてそれで
充分に満足してしまうのかしらね。
 その分撮られることを忘れてしまっているようです。
時どき、何かの会合で記念写真というのを頂くのですが、
あれっと思うくらいですから。

 亡き義父はとても写真が好きな人でした。
遺品を整理していたらこれでもかと言う位アルバムがありましたから。
でも生前夜遅くまで写真の整理をしていました。
 ある晩のことです。
なぜそんなに根詰めて整理をしているのですかと、尋ねたことが
あるのです、その時義父はこんな風に話してくれました。

 《人は一生を通してたくさんの人と出会う、そしてわしはその人達を
思いでに残してきたのだが、わしがいなくなってから、家族がみても
わからない写真ばかりだと残された者がこまるだろうが。
だから元気なうちに整理しておくんだよ》と。
うむ、納得と思いながらでは、どんな写真を残すおつもりですかと
尋ねると《わしが、頑張って生きた時代を、そして家族と幸せに
暮らせた時代を残して置くつもりだよ》と笑顔で答えてくれました。

 確かに遺品の中のアルバムは、亡き義父の輝いていた頃を残していました。
その中には、勿論結婚式の写真、子供たちの成長を追ったもの、
仕事仲間のも沢山有りました。
 本日頂いたメールで私は亡き義父の思い出を引っ張り出すことに
したのです。メール有難う御座いました。

 最後にこの方は、教室で月二回撮る写真が今では自分のアルバムに
なっていますと書き込まれていました。

 ★本日は氏神様の例大祭の前夜祭、こんな画像がお似合いかしら。