| 2004年 12月 6日(月) |
一日の感謝と、一日の反省を終えて…
皆さんの今日1日はどんな一日でしたか。
私はいつもの月曜日のつもりですが、なぜかテレビを
見てもらい泣きしてしまいました。
なんとも子どもっぽいと思うかもしれませんが、いろんな
ことがいつもの月曜日のようなのに、微妙に私の心の記憶を
揺さぶるからかしら。
夕方先日お母さま亡くされた青年からお礼の電話を
頂きました。《おばちゃん、綺麗な花をありがとう、
今度ゆっくり又、話しようね。》と。
私も幾たび経験したことでしょう。身内を失う悲しみを。
幼いときから。何気なく家族に付き合って夕食後の
画面に見入っていたら、幼くして父を亡くしたお子さんが
天国のお父さんへお手紙をかいていました。
そして、母になって幼いお子さんを失ったお母さま…
思わずもらい泣きを。
私は幼い頃、良く思ったものです。こんな表現をしたらいけないのかも
しれませんが、《幽霊でもいいから、お母さん、お兄さん
お父さん逢いに来て》って。
1度だけ私は兄が逢いに来てくれたような記憶があるのです。
それは、まだこちらに越してきて間もない夏の真昼のできごとです。
都会から越して来て、自分なりにこの土地に慣れようと頑張って
いたつもりなのですが、今思えばどこかで故郷を1人離れて
来た事が寂しかったのかもしれませんね。
祭りが大好きな長兄の印象といえば、幼い私にはいつも、
浴衣姿、とても似合っていたのです。
そして逢いにきてくれたその時も、浴衣姿でした。
私に向かってそっと、微笑んでくれたのです。
不思議ですね。ちっとも怖いことないのです。
私のことを兄弟の中で1番可愛がってくれたということを
よく聞かされました。年が2周り違っていたからかしら。
そういえば、兄は今で言う心筋梗塞で亡くなり、
家族が誰も気が付かない時に息を引き取ったのです。
朝方連絡を受けた時です。
生きを引き取ったと思われる時間に、私は兄が逢いにきたような
記憶があるのです。妙に胸騒ぎがして眠れない夜を過ごしたのです。
そして福山で私が元気に暮らしていることを見届けるように
それ以来兄は私に逢いにきません。
およそ20年前の想い出をふとテレビにダブらせてしまった
わけですね。亡くなった人を時々思い出しながら、元気に
暮らしているよと伝えられるのもいいかもしれませんね。
私は毎日、今は亡き義父と義弟に声かけします、もっとたくさん
お話がしたかったねと。他人行儀に付き合っていた時期を
少々後悔しているのかな(^^)
本日はなんともセンチな三輪さんでした。
★琴平宮の境内地の濡れ落ち葉です、とても心が落ち着きました。