2004年 3月 3日(水)

では、心の落ち着きとはどんな状態なんでしょうね。


哲人は言いました。「どうしたら心の落ち着きをもたらすことができるか。」
答えはこんな感じです。

 「どうしたら、自分自身と和解できるかどうしたら自分の状態を喜んで
眺め、喜びを中断させずに落ち着いた状態に保って置けるか、またどうしたら
自分を実際以上に高めも低めもせずにいられるか?これこそが心の
落ち着き、安心というものです。」
 
 自分自身との和解、これって考えたことありますか?
難しい言い回しですね、だって人はいつも自分を信じようとしているはずですし、
又誰よりも信じているはずだと思うからです。なのに和解できていないから
心の動揺を招くのだよと。

 見事に他者を客観的に洞察しているなと思います。
人から見て心に悩みを持っている状態とは、じぶんの中で消化できていない
何かがある、それをこの哲人は己との和解と言い当てているわけでして
よくよく自分自身を観察してみると確かに何かに心ざわめいている時とは、
自分自身が何かに怯えているか、又は何かに不満を持っている状態、
ところが真実の部分でそれは自分自身に不満や不信感を抱いているということ
なのかしら。

  と言う感じでページを捲っていたらやはり同様の回答を記していました。
人は本音のところで自分を見たくない部分があるのかも知れませんね。
本当の自分に出会うということが時として怖いのかもしれません。
そんな経験ありませんか?

 私にも思い当たる節がありますよ。鏡に映る形ある人体、形而上の自分ではなく
鏡に映し出せない自分を見ることが嫌だという感情のことかしらね。
人は自分と向き合う時に他者との関係が見えてくるのでしょうきっと。

 うむ、哲学とは難しいですが考えると日常生活そのものが哲学と言った
人がいますが、私たちも深く己を知ることが出来た時、2500年前の
哲人と同じようになれる可能性があるのではないかしら。
捲ったページからそんな答えを引き出してみました。
さあ、皆さんもいつしか哲人になれる日を想像してみてください。

「日めくりの こよみ捲れば 見えてくる 我が人生の 足跡そこに」
チェックその1:字余りなしかな。

 今日は桃の節句、「ひな祭り」大好きな雛あられ食べながら、次のページを
捲るか寝るか、さあどちらにしましょうかね。明日は休閑の薦めです。
自分に当てはめて書き込みたいですね。

 P.S.雛人形のお道具のひとつとして添えられていたミニチュアの家具です。
     描かれているのは全て手書きだそうです、昔の匠はすばらしい。
     引出しも本物同様に作るのだそうです。そしてそれを使って
     「お煮ごと」といってあそんでいたそうですよ、節句の日に。
     羨ましい限りですね。