| 2004年 3月 4日(木) |
閑暇について
昨日のお知らせどおりに書き込めればよいのですが。
さて、以前書き込んだのですが、しゃべり癖の中に私なりに
反省して今年の目標とした、「「忙しい」と言う
言葉をなるべく使わずにすむ日常を送りたいと言う内容をお伝えしました。
しかし時として時間は忙しい流れにいや応なしに私を送り込むことが
あるそれは私だけではないでしょうねきっと。
今の時期はどの職場においてもおいそがしいのでしょう、例えば
学園の先生方も皆さんお顔を合わせると「ああ、忙しい」とおっしゃてます、
そのわけは、卒業式と入学式の様々な準備や、書類の作成、又は予算編成etc
と言う前置きはこのぐらいにして、本日なぜ閑暇のお奨めをするかといいますと
やはり人は忙しいとやたらと怒りっぽくなる、経験ありませんか?
1度や2度はあるでしょう、そして怒りっぽい矛先が周囲にむかってしまうと
性質がわるくなるのです。
自分の中で1人怒りっぽいのも厄介ですがね、本日はその自分の中で
忙しさのあまり厄介な状態そのために心の落ち着きをもてない状態に
ついて考えてみましょう。
これは私にも充分に参考になったのでお奨めします。
論語の1部からです。
「君子なるかな遽白玉。道あるときすなわち仕え、邦、道なきときは
すなわち巻いてこれを懐にす。」
これをまさに文字だけで読むと言う作業は大変ですが言いたいことは
至って簡単なんですよ。
正しい政治が行なわれている時は一生懸命に仕えなさい。
しかしそうでないときは少々サボることもいいのではないですかという
ことらしいのです。
此処では政治家を目指し心の落ち着きを失って道迷う若者に対して
伝えようとしたわけですから2500年前の哲人は。
だから政治になどられて論語の1部を添えたのでしょう。
しかしこれを個々の現在の悩み事の状況に置き換えてみたらいかがな
ものでしょうかね。
あまり深く考える前に少々暇を作ることで自分の心の落ち着きを
取り戻し今一度何が納得できないのかを確かめてみてはいかがですかと
私には考えることができたのですが。
「忙しい」が口癖になると周囲が見えないばかりか、己自身もみえなく
なることで心の落ち着きが失われると言う経験がありますから。
失敗をする前にゆっくりと一度、お休みを取られたらいかがかしら。
私は春に里帰りをします、兄弟から帰って来いと催促されましたので
少々羽伸ばしてこようと、今から心うきうきです。
今日からしばらく鞆の浦で見つけた面白い光景を載せてみましょうね。