2004年 7月 5日(月)

自分自身の探求は人との関わりあいの中からうまれるのではないかしら。


 このフレーズはジョディーフォスターが、1997年の雑誌コスモポリタンの
中で添えていたメッセージです。
 同感、意義無しというところかな、だいぶ前に目を通したのがひょっこりと
でてきたので久しぶりにこのフレーズをタイトルにしてみました。

 人が世の中でたった一人きりの世界の中、鏡しかない世界、想像したこと
ありますか?自分を映し出すのはただひたすら鏡のみ、動物も赤ん坊も
鏡と向き合った時、そのリアクションはとても面白いものです。
 どうしていいかわからないとでもいいましょうか、時に泣き出してみたり、
触ろうとしてみたり、でもそれは長くは続かない、その内慣れてしまって
鏡の中の自分がわかってしまうと、感動もなくなり無視しだすのです。

 ところがこれが多くの人の中での自分となると別なんです。
人との違いを認識しだすことからスタートしたと思うと次は共通点を
探そうとします、これは仲間作りの基本ですね。ところがその内
共通点だけでは仲間も飽きてくるものです。

 違った人格を求めてさまよいだすのです。
似通った仲間だけでは物足りなさを覚えるからかしら。
そして次は自分とはなんぞやと、悩みだすのです。
 でも解らなくて、人に意見を求めてみたり、書物で自分探しを
始めてみたり、争うことで中和剤を求めてみたり、どうしたら
自分の中で消化してみようか、受け入れてみようかと葛藤するように
なるのが大人たちの言うところの成長のようです。

 仲間の中に居ることで人は自分探しの旅が始まるのではないかしら。
登校拒否と言われて育ってしまった人の中の数パーセントの人格の
分析データーを出した学者さんがいるのですが、その方が言うデーターでは
彼らの数パーセントの精神年齢は学校に行けなくなった時から止まって
しまう傾向があるそうです。

 1人きりの世界で自分探しの旅へと出発するのを学習するチャンスが
なかったからかしら、きっと辛いことが沢山あったからでしょう。
でも遅くはないですからね、自分探しの旅は、大人でも自分が見えずに
苦しんでる方が大勢いますから昨今のご時世では。
いつでもどこからでも、自分探しの旅はスタートできるのです。

 その気になったらね。まずはその気になる勇気を持つことかな。
勇気を持つって簡単なことではないから、1人で出かけなくても
いいではないですか、仲間と一緒でも(^*^)私流に考えると
仲間は自然界そのものだと思ってますよ。
    ついでですが、
今朝素敵なプレゼントを頂戴しました。
でもスタッフ全員に決して人に見せてはいけないといわれました。
それはね、長くてみんながとっても怖がる物の脱皮した物だからです(^f^)
 これは私にとってみると仲間の一種なのです。仲間って色んなところに
存在するように思うのはへんてこりんな、私流の考え方のようですね。


 

 自分探しの旅は、幸せ探しの旅と同じ方向に終着駅があるような気が
するのは、私だけかしらね。