| 2004年 7月 6日(火) |
言葉のふくらみ、文章のたわやかさについて
本日のレッスンで皆で感じたことです、それが本日のタイトルなんですが、
1人の生徒さんが仕事でいつもより遅れてきたのです、でもレッスンを
うけたいとの事だったので、他の生徒さんは既に作品を仕上げて片づけに
はいっていました。でもこの方は制限時間を決めてやる気充分だとのこと。
スタートしてまもなく、作品には気合が入っていました。
遅れてスタートしたレッスンには、諦めて活ける方と、遅れを取り戻そうと
精一杯活ける方と2パターンあるのですが、性格にもよるのでしょうね、
プレッシャーの中とてもよく頑張りました。
活け終わった方はこの方のサポートをしながら、何とか皆で
協力したのです。
そしていよいよ講評の時間、皆が《素敵な作品にできあがったね。
良く頑張ったじゃない》とエールまで送ってくれたのです。
そしてご本人は《ああ、諦めずに頑張って来て、そして活けて
良かった、満足》といったのです。
私はこのメッセージを聞いたときにとても幸せな気分になれたのです。
それはね、もしこの方が《無理してくるんじゃなかった》といったならば
周囲の人もがっかりすると思いませんか、何も言わずにレッスンが終わって
いたら何か心淋しい思いもあったでしょう。
言葉のふくらみとは、口からでたなんらかのメッセージが誰かの
心を打つときに本来の言語をより一層豊かにしてくれるのではないかしら。
本日学園のテストがありまして、採点をしながら私はレッスンの指導を
していたのですが、こちらに伝わってくるやさしさや、労い、これからも
がんばるぞー、又は感謝の気持ちそれが花たちへ又は、スタッフの方…
一喜一憂しながらの採点は私の至福の時でもあるんだなとしみじみ
感じました。出来ることならひとつのことを伝える作業でも
ふくらみがあるといいなと思ったわけですね。
まだまだ続く採点ですが、きっと苦にならないでしょう。
テストに感謝ありですかな。