2004年 8月 19日(木)

「生まれるは受動体、しかし生きるは能動体。」


 受動体、能動体との違いを理解するのに時間が
かかった方いらっしゃいませんか、英語の学習の時に必ず出てくる
文法のひとつですね。

 受動態とは受身、柔道での受身も同じ意味なのかしらと幼かった頃
思ったものです。今でも時々このふたつの使い方に迷うことがあります。
日本語では差ほど重要視されないようですが、英語の場合ここには
明らかな違いがあるのです。という風に文法を考える時とは又
違った意味で本日のタイトルを捉えてみませんか。

 ある時知り合いの方が「誰がこの国に生まれたかったことかな
できる事なら違う国に生まれてみたかったよ」面白いことを
言う方だな微笑んだものです。
 何か辛い過去が有るのかしらとも思ったのですが、その部分に触れる
事はしませんでした。誰でも辛い過去のひとつや、ふつたはあるものです。
いやもっと沢山ある方だって…消すことの出来ない過去だからこそ過去。

 そして、生きることは能動…これって生まれることは自分では
選べないけども生きることは自分で選べるんだよといっているように
思うのですが、私の解釈のあやまりかしら。

 過去は、辛い記憶でしかある意味残らないですね、でも今現在進行形は
これから見えない未来へと繋がる希望でもあり、失望である可能性も。
でもどれをとっても、生きる意味や価値観、幸福と感じるその瞬間は、
誰かが与えてくれるものではありません、自分探しの旅の中で自分の
時間と自分の体でしっかり受け止めていかなければいけませんね。

 海馬に腫瘍があった私ですが、幸い楽しい記憶も悲しい記憶も
まだ沢山残っています、ありがたいことですが。
 嫌な記憶はできる事なら消し去りたいかも知れませんが、その嫌な
記憶が時としてバネになることも有るのだと私はいつも信じています。

 オリンピックの映像の中で何が1番記憶に強烈に残っていますかと
聞かれたらきっとこう答えるでしょう…
金メダルを勝ち取った瞬間の北島選手のあの雄たけび!と。

 受動だった人生から、自ら勝ち取る人生へと人は成長していくんですね。
辛いことがあったら、北島選手の野獣のようなあの雄たけびを
思い出すことにしましょうこれからは。
人はいろいろな方法でつらいときを乗り越えるものですが、
歌を唄うのもいいかもしれません、美味しい物を食べるのもいいかもしれません。
でも逃げる方向へはいきたくないですよ。
 
 太鼓の音色は音階の中でももっとも私を元気にしてくれる響きです。