2004年 9月 26日(日)

人との永遠のお別れに慣れというものがあるのでしょうか。


 昨日の日記を読んでくださった方から頂いたメールに
このフレーズが有りました。
 《…先生は随分とご家族とのお別れが幼い頃からあったのですね。
そんな先生には、もう家族との別れって慣れっこですか?》
少々無神経なメールだわと、腹立たしく思うことはなぜか
思わなかったのです。
 
 それはきっと沢山の悲しみを独りで噛み締めてきたわけでは
ないからだと思うの。
 永遠の別れに慣れがあるわけないですよね。
だってひとりひとりと、築き上げた思い出と過ごした時間は
全て違うわけでして。

 そうは思いませんか。
そしてお別れの仕方も違うわけですから。
 
 義父とのお別れは長い間、寝たきりでその苦しみを見届けることが
できたことです。これも貴重な経験であり、義父が嫁の私に
残してくれた財産です。

 今でも時折、交わした言葉や、会話を思い出すことがあります。
自分への苛立ち、今からの不安、残していく家族への思い…
私は義父からそんな姿を教わりました。

 どんな形で永遠の別れをするかはわかりません。ひょっとしたら
私も3年前に家族との別れがあったのかもしれません。

それを覚悟して手術台に向かったことだけはっきりと、記憶してます。
恋しい人との別れも、いとおしい人との別れも、友との別れも
どんな別れにも悲しみの慣れ等ないはずです。

 メールをくださった方へのご返信に変えさせてくださいね。
そしてメールをありがとうございました。どんな内容でも、私が考える
テーマであることには変わりません。そして謙虚で有れよと言う
ご指導だと思っています。ありがたいことです。

★思い切り楽しい画像にしましょうか。★