| 2004年 9月 30日(木) |
ボキャブラリーの豊富な人は幸せですね。
本日のレンッスンで素敵なプレゼントをティタイムに
どうぞと頂いたのです。それは長野から送っていただいたという
「巨峰」、これはぶどうですね。
こちらでも食べることは可能ですが、送ってくれた方が
この生徒さんに特別美味しいんだからね、とお墨付きを
付けてくれたそうです。そのひとつを頂戴したというわけですわ。
ところがこれがしっかりと種が入っているのです。
私もこちらに越してきた当時は、種無しのベリAト言う品種に
驚きました。東京にいた頃には種無しといったら、デラウェア位しか
口にしたことがないからです。
親類縁者にそれは、それはこの時期になると送りつづけたことか。
皆さん大変美味しいと講評でした。
この福山はとても恵まれた土地柄をしてます、海の幸、山の幸が
沢山、それもすぐに手に入るといった環境に恵まれた風土ではないかな。
それが先日私が頂いたベリAもやはり種がしっかり、これはめずらしいと
食べてみたらとても甘美な味でしたので、そのことについて
話は盛り上がったのですが、早速我が生徒さんの論評が返ってきたのです。
《先生、種無しばかり食べていたら駄目なのですよ。
なぜかというと、舌が仕事をしなくなるでしょう。
口に入れたときに種を取り除きながら食べようとすると、舌を働かせながら
もぐもぐと食べるわけですから。》
素晴らしい、思わずこの「舌に仕事をさせなくてはいけません」という
表現に感動してしまったのです。
舌といえば一番に思いつくのがまずは味からでしょう、ところが
この生徒さんは舌の仕事、つまりはアクションこそが今五感の
中で欠けて来てる物なのだとおっしゃってるわけですね。
すばらしい、ボキャブラリーが豊富って人に感動を伝えるために
立派な働きをするのですよ、見習わなくてね。
美味しい味覚と、舌の仕事に感謝です。